第4話
慎重に言葉を選びながらも、エリーゼは率直に訊いた。
「クラウス、貴方は西側諸国を外遊されているのですか?」
「いいえ、いくつかの国を抜けて参りましたが、立ち寄ったのはルーベシラン王国だけです」
「まあ、どうして。この国は南海に面していますが、とくに資源が豊富とはいえません。それに外貨を稼げるような産物もとくにありませんのに、貴方の関心をひく何があったのでしょうか」
「姫、わたしにとってルーベシラン王国は、この大陸のどこよりも関心のある国です」
「そうですか。さすればそれは、わたくしにとっても非常に興味深いお話になりますわ。ぜひ、その理由を詳しくお聞かせ願いますか」
まるで綱渡りだと、エリーゼは思った。はじめて顔を合わせた帝国の王子に訊く話ではない。憤慨するか、はぐらかすか、クラウスの出方しだいで、さらに慎重にならなければならない。
身構えたエリーゼに、クラウスは姿勢を崩さず答えた。
「姫、どうかお気を悪くされないでください。わたしがこの国を訪れたのは、真実、貴女にお会いしたかったからです―― と云ったら、聡明な貴女は、わたしを笑うでしょうか」
「それは、笑い話にもなりませんね」
エリーゼの返答に、クラウスの表情は変わらなかった。ただ、わずかに瞳が揺らいでいる。
「クラウス、どうかわたくしを安心させてください。わたくしが知りたいのは、貴方の少しばかりの本音です」
「姫君、貴女が心やすらかにあるためならば、わたしはいくらでも言葉を尽くします。貴女は先ほど、貴国が何の資源もなければ特筆すべき産物もない国のようにおっしゃいましたが……ご冗談を。貴国がなければ、この大陸の流通は、質、量、ともに半減するではありませんか」
「まあ、よくご存知で」
エリーゼの頭が冴えわたってくる。会話の糸口がようやく見えてきた。これで少しは交渉ができる。
「ならばクラウス、お互い無用な駆け引きはやめましょう。わたくしは何をしてさしあげたらいいのかしら? 貴方の望みが叶えば、わが国は無駄な血を流す必要はありません。そして貴国にとってもそれは同じ。流通が滞らなければ、この冬も、貴国の領民が飢えることはないでしょう」
ライオネル帝国の冬は厳しい。穀物をはじめとする冬場の食糧、兵糧の3割を、例年、西側諸国からの買い付けに頼っていることを、エリーゼは知っていた。
ここにきて、クラウスの表情はあきらかに曇りはじめていた。
「どうか信じてください。わたしは貴国に戦をしかけるつもりも、政治的な圧力をかけるつもりもありません。もっと云えば、わたしが今、ルーベシラン王国を訪れていることを知るのは、軍の一部の者だけです」
それはどうかしらね、帝国の王子様。
クラウスの言葉を鵜呑みにするほど、エリーゼの思考はおめでたく出来ていない。
しかし ――このあたりで
「そうですか、安心しました。クラウス、無礼な発言の数々をどうか許しください。小国の姫の戯言だと、貴方こそ笑いとばしてくださっていいのです」
「いいえ、エリーゼ姫。無礼なのは、こちらです。わたしは素性を隠して王宮に入り、闇にまぎれて貴女に近づいた。そして、これから貴女にしかできない願いを叶えてくれと、口にしなければならないのです」
「願い? わたしにしかできないことですか?」
エリーゼは首をかしげ、いかにも困惑しているといった顔をしてみせる。
しかし内心では——やれやれ、これで少しは王子の腹をさぐれそうね。結婚してくれ、なんて云われたら、今度こそ大笑いしてやろう。
大陸一の賢姫の警戒心は、さらに跳ね上がった。
「最初に申し上げておきます」
前置きするクラウスの声は堅い。
「たとえ姫君が、わたしの願いを断ったとしても、貴国に危害を加えることは一切ありません。何度も申し上げますが、貴女の御心を
内心とは裏腹に、不安そうな顔をしていたエリーゼは、表情をやわらげた。
「わが国への御心遣い、痛み入ります。口頭ではありますが、今しがたの貴方の言葉は、国同士の約定として承ってよろしいですね」
「誓います」
「ではクラウス、貴方の願いをお伺いする前に、わたしから最後の質問をしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
「今、この場にいるのは、わたしたちだけです。万が一にも、望まない既成事実をつくられてしまえば、小国の姫など弱いものです。わたしは、その心配をしておいた方がいいのかしら」
暗黒の竜騎士は、ついに声を荒げた。
「そんな馬鹿な! わたしが、貴女を傷つけることなど、絶対にありえない!」
「そうですか」
エリーゼは大きく息を吐き、星空を見上げる。
まあ、牽制はこれくらいでいいだろう。
「どうぞクラウス、貴方の願いを聞かせてください」
物騒な「お願い」ではありませんように。
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