第3話



「姫様、いかがされましたか?」



護衛兼侍女であるグロリアが、背後からエリーゼにささやく。



「リア、少しだけ庭を歩いてくるわ。わたしに今必要なのは、新鮮な空気よ」



「ごもっともでございます。お供いたします」



「いいえ、ひとりで行かせてちょうだい。不気味な花を持った出席者が追いかけてこないように、リアにはここで見張っていてほしいの」



エリーゼはヘンテコな花を、グロリアに預けた。



納得顔のグロリアは、「かしこまりました」と優雅に一礼。



「いつも悪いわね」



開放されたテラスを横切り、エリーゼはこっそり庭園へ逃げた。



澄んだ空気を胸いっぱい吸い込み、庭園の中央にある噴水のふち縁に腰掛けると、星空を見上げる。



「花よりも、星の方が断然いいわ」



つかの間のひととき。



エリーゼは天上に輝く星をつなげ、星座をつくって楽しんだ。



美しい女神に捨てられた悲しい英雄たち。



金色の羊を求めて旅する船団や、竪琴の名手の話。



気に入らない者を猛獣の姿に変えてしまう神や、本人の意思とは関係なく勝手に哀れんで星にしてしまった神もいる。



エリーゼは幾つもの神話を頭に浮かべ、そのつど、神々の身勝手さと嫉妬深さを笑った。



しかし猛獣にされてしまうよりは ――



「星になりたいわ。そうすれば、天上からこの大陸を眺めることができるもの」



「あなたは星になりたいのですか?」



ここで問いかけられるとは、あまりに予想外だった。


振り返ったエリーゼが目にしたのは、数歩離れた場所に立つ、長身の男だった。



いつのまに――



気配なく近づいた男を、月光が照らす。



闇の似合う男は、無駄な装飾を排した夜会服に身を包み、夜風に揺れる漆黒の髪を揺らしていた。



いったい、どこのダレかしら。


  

「本日の夜会では、まだご挨拶をさせて頂けてないようですが、東方からいらしたお客様かしら?」



東方諸国の来賓を招いた覚えはなかったが、男は東方民族の特徴を有していた。



警戒心を強めるエリーゼの問いに、男は目を見開くと、控えめに笑った。



「お噂どおりの姫君だ。わたしに東方の血が混じっていると、すでにおわかりなのですね」



「しかし貴方の体躯は、文献が示す東方諸国の人々より、幾分大きいような気もしますが」



「ご名答。わたしの生まれはこの大陸です。東方の血は流れておりますが、3世代目のせいか、だいぶ薄くなったようです」



「お名前をお伺いしても?」



「失礼、申し遅れました。わが名は、クラウス・ライオネル・ナイト・オブ・フォーデン」



男の名を聞き、今度はエリーゼが驚いた。



「ライオネル・ナイト……では貴方が、ライオネル帝国の黒の王太子なのですか」



「姫君、失礼ながらそれは正確ではありません。わたしに王位継承権はなく、ただの王子に過ぎません」



「そうでしたか。こちらこそ、大変な失礼を致しました。エリーゼ・ルーナ・アンジェッタ・ルーベシランでございます。クラウス・ライオネル王子とお呼びしてよろしいでしょうか?」



ドレスの裾をつまんで軽く膝を折り、エリーゼは優雅に腰を落とした。



形ばかりは完璧な儀礼をとりつつ ――



だれだ、こんなヤツを招いたのは!



心の底では、盛大に舌打ちしていた。



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