第6話 伸び代②

 藍斗は仰向けになったついでに、ドアの方角に素早く目を向ける。


 そこにはヘラヘラいやらしい笑みを浮かべる、礒谷コーチの息子──礒谷裕也と、甲坂のチームメイトである原田謙介がいた。

 彼らとは小学校も同じだった。桜ヶ丘小学校。


「おぉい!もぉ何すんねんマジでぇ」


 藍斗は呆れのあまり脱力した大声を出し、床をおもくそ叩いて天を仰ぐ。

 それを見て、してやったりと2人はゲラゲラ笑いながら藍斗に駆け寄り、その身体の上に重なるように伏せた。

 2人分の重みが腹にかかり、藍斗はアヒルの断末魔の様な叫び声を上げる。


「グェエア!」

「お前何やってんだよ暇そうだな!ヒマスだわ!」


 裕也は無邪気な笑顔で尋ねるが、今の藍斗には答える余裕がない。ヒマスって何なんだろうね。


「降りろまず、降りろ、重いんだよバカども!」


 ジタバタとしばらく暴れ続ける。飽きた2人が渋々退くことで、藍斗はやっとの思いで解放された。



 *



「藍斗って意外と真面目だなー」


 藍斗が何をしているかを粗方聞いた裕也は、本当に意外そうにぽけ〜とした表情で、藍斗を眺めていた。

 まさか父さんコーチの言うことをここまで真面目に継続しようとするとは、なんて考えていた。


「まあこいつ、この前頭打ったしな。ブッ壊れちゃったんじゃない?」

「ぎゃははは!絶対それだ!!」


 隣に立つ謙介の黒色強めなジョークがツボに刺さり、裕也は藍斗を指差して涙目で笑う。

 対して藍斗は少しギクリとして、乾いた笑いを何とか絞り出す。冗談とはいえ半分くらい事実を掠めている。

 向上心の強いレインと混ざり合った、変な心のせいで、上を目指さずにはいられなくなっているのが今の藍斗だ。


 彼らからしたら、感じがするのだろう。

 楽しくサッカー出来りゃそれでいい。藍斗はそういうやつだと、認識していたから。



「まあ、それよりさ。ポジションの可変の話。うちでやってもいーんかな」


 気まずい藍斗はわざと話題を戻した。



「うーん、いいんじゃね?羽田監督に聞いてみろよ」


 裕也は適当な態度で答える。だが、監督に聞いてみる、というのは確かに1番の近道な気がして。


 藍斗は意を決した。

 土曜日、羽田監督に提案してみよう。




 *



 そして、土曜日の朝。練習場である桜ヶ丘小学校グラウンドにて。


「やってみればいいんじゃない?いいよ」


 藍斗の提案に、監督の羽田純一は即答した。

 あまりの軽さに藍斗は一瞬頭が真っ白になるが、正気にもどって再度聞き返す。


「ほんとに俺が試していいの?チーム全体に影響出るんじゃない?」

「もちろん。だから皆んなに協力を取り付けるところから始めなさい。皆んなで楽しく取り組めることを約束して、実行できるなら、俺からは何も言うことないよ」

「なる、ほど……」



 甲坂西部少年団のテーマである『皆にサッカーの楽しさを伝えたい』。

 それを崩さない範囲であれば、監督は、子供達の心ゆくままに楽しんでほしいという思いがあった。それとなく、その意図は藍斗にも伝わった。

 できるかは分からないが……できる範囲で取り組めるチャンスだ。退く理由はない。


「ありがとう監督。やってみる」

「おう、じゃ、早速やってみようか。しゅうーーごーーー!!!」

「!??」


 突然の号令に、藍斗はイヤな予感がした。

 グラウンドに散らばった総勢19名のチームメイトがワラワラと集まり始める。


「練習前に藍斗から話があるそうだから、早く集まれ!」


 イヤな予感的中。しかも想定してた流れじゃない。もっとこう、仲の良い人から徐々に協力取り付けてね、的なものをイメージしていた。一気にやれとは聞いてない!


(待ってまだ、話まとまってない、心の準備もできてない待って!)

 そうこうアタフタしている間に、全員揃った。変な汗が出てきた。


(……ここは、逃げるか、よし)


「えー、集まってくれてありがとうゴザイマス……アトデ話すので、カイサン、ということで」

「待て待て待て」


 一方的に解散宣言をして、足早にグラウンドに去ろうとする藍斗の手を監督は捕まえた。

 チームメイトが面白い物を見るようにざわついている。


「おちつけ、思い立ったが吉日という言葉があってだな……」

「そりゃ監督から見たらそうかもね!」

「横から失礼。監督の言う通り、今言ってみてもいいんじゃないか?」


 顔を赤くして、恥ずかしそうに叫ぶ藍斗。苦笑いの監督。それに加わるように、礒谷コーチが藍斗に声をかけた。


「なんでだよー……」

「チームメイトの軽い頼み事の1つくらい、割とすんなり受け入れてくれるんじゃない?」


 礒谷コーチの勝手な代弁に、藍斗はほんとかなぁ、と言いたげな表情で周囲のチームメイト達を見渡す。


 予め事情を知っている裕也と謙介だけは、ニヤニヤと揶揄からかうような目で傍観していたが……。

 他のチームメイト達はそんな藍斗をみるや否や、それぞれ自由に発言し始めた。


「1つくらいいいから言ってみろよー」

「そうだそうだー」

「俺たちの仲じゃんかー」

「俺はめんどくさかったらやらんけど」

「俺も」

「めんどくさいのは嫌だわ確かに」

「めんどくさいのはパスな」

「めんどくさいの以外」


 すんなり、とまではいかない皆の反応に対し、礒谷コーチは面白そうに笑い、藍斗の背を叩き、声をかける。


「ほら、めんどくさくなければ、いいらしい」

「はぁぁ……もう」



 藍斗はため息混じりに半ば諦めて、多少内容が粗かろうが気にせず、この場で皆に話すことを決めた。


 自分が更に上手くなるために、どうしてもやりたいこと──偽9番ファルソ・ヌエベのポジション可変システムについて。

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