第5話 伸び代①

 礒谷家を後にして、迎えに来た母の車に乗り込んだ時。窓をノックするコーチに呼び止められた。


「藍斗。ここに書いたタイトルの動画、全て見ておけ。あと、この本も読んでおくといいかもしれん」


 窓越しに手渡されたそのメモ用紙、本を見て藍斗は首を傾げた。


「これは?」

「サッカーの戦術系youtuberとか、プロの戦術解説とか……あとは、戦術が上手いこと回っているプロの試合のハイライトとか、だな。そっちの本は、サッカーの戦術入門、て感じの、教科書みたいなもん。特別に貸してやる」


 磯谷コーチはにかっと白い歯を見せて、明るく笑って見せる。あべこべに、口調は至って真面目そのものだが。


「藍斗に今必要なのは、戦術眼だと思う。途中出場の短い時間で、試合にスッと馴染み、より効果的な位置取りポジショニングと駆け引きを行わなくちゃいけない。

 今は個の力で立ち向かえているが……お前の身体じゃ、特に中学からは、無駄走りなんてやっちゃったら10分とも保たない」


「なるほどー……?ムダ走りってなんだ?」

「意図なくガムシャラに走っちゃうこと。ま、頑張ってる感は出るんだがな……良くはない。今の藍斗にも、実は無駄走りはある。めっちゃある」

「え、マジ」

「ヒントはあげた。あとは自分で探しなさい」


 藍斗は手元にある、読める程度の汚さで書かれたメモ用紙を見る。


(そういえば俺は、サッカーの戦術どうこうとかは知らなかったな)


 無駄走りがある……そう言われてもピンとこなかった。自分が無知であることを、少し自覚した気がした。

 とりあえず、ここに書かれてある物を、一つずつ知っていくしかないだろう。もっと上を目指すなら、変わっていくしかないのだから。


「コーチ、ありがとう」


 自分を案じてくれた礒谷コーチに、藍斗は心からの礼を告げた。

 礒谷コーチはなんだか、ここ最近で1番楽しそうに見えた。きっと、気のせいではないだろう。



 *



 翌日から早速、藍斗は礒谷コーチのメモにある動画を見始めた。

 よく分からない箇所は、ネットでの検索や、コーチから借りた本で補填する。


 どうにかこうにか、1時間で2本の動画をやっと視聴した。

 分からないところが多すぎて、1本あたり10分前後の動画に30分ほどかけていた。



「……知らない事が多すぎる」



 サッカーの戦術というものは、藍斗が考えるより何倍も複雑で、奥深いものだった。流石に見たもの全てが頭に入ったわけではないが、十分衝撃的だった。

 チーム全体の戦術ではない、個人の技術としては、知らずのうちに藍斗が元々できているようなものがあり、ちょっとだけ自慢げにほおを緩めた。だが、それ以外はからっきしだった。


 藍斗の個の力は圧倒的だ。しかしチームプレイヤーとしては、相当に拙かった。

 これまで彼は何も考えず、パスをとにかく受けようと、ボールを保持する味方へ近づこうとしていた。持ち前の視野の広さ・空間把握能力で、スペースを見つけ出すことができていたが……。


(俺自身がボールもらうことばかり考えすぎて、本来、味方がパスを受けるはずのスペースを潰してたのか……。

 そういや、ポジション被ってドリブルの邪魔!って思う味方がいたのは、実はあれ、俺のせいだったのか……悪いことしちゃってたな……ああ、「どけ!」とか言っちゃってたよ……バカだなぁ)


 藍斗は顔を赤くして、頭を抱えた。


 ただそれでも、ボールを受ければ、藍斗は持ち前の圧倒的な個の力で状況を打開してしまっていた。戦術を個で打開できていたのだ。──先へ進むためには、それではダメだ。何となく理解したつもりだが、先は長い。



 *



 甲坂西部少年団は地域密着型のスポーツクラブ。

 クラブのテーマは『皆にサッカーの楽しさを伝えたい』だ。

 戦術や勝ちよりも、皆が等しくプレータイムを得て、ひたすら交流を深める事に注力している。もちろん、サッカーを楽しむためにも、最低限のルールや戦術は教え込みはするが……。

 だから、エースである藍斗も、より専門的な戦術を学ぶ機会はほぼ無かった。


 ──偽9番ファルソ・ヌエベシステムは、満足に走れない藍斗のためだけに、監督が特別に用意してくれた戦術だ。ただしその実態は、守備放棄を許された自由な選手藍斗を、フォワードに置くだけのものであり、実際には戦術と呼べるか怪しい。



 小学校の昼休み。藍斗は、空き教室の黒板に甲坂西部少年団の4-2-1陣形フォーメーションを書き、自身の役割である偽9番ファルソ・ヌエベの本格的な活かし方を探っていた。


 ここ数日で戦術を学び理解したのだが、本来、偽9番ファルソ・ヌエベはめちゃくちゃ難しい。このシステムを採用してしまうと、良くも悪くも、偽9番ファルソ・ヌエベの選手に攻撃力が依存する。


 それに……最も悩ましい点がある。

 甲坂の陣形フォーメーションでは、偽9番ファルソ・ヌエベを最大限に活かすために、藍斗の動きをトリガーとして、ポジションの可変(※1)が必要となることが分かってしまった。理解してしまった。

 サッカーのスキルに関しては、そこそこな奴から素人に至るまで、玉石混合な甲坂西部少年団では、とても実現可能とは思えなかった。


 相手のプレス(※2)にテンパって、ボールをあさっての方向に蹴り飛ばしてしまう仲間がとにかく多い。そういう、戦術遂行以前の問題もある。


 かといって、そのポジション可変により、チーム全体が相手に対し優位に立ち回れるとは限らない。相手の陣形フォーメーションに依存する要素だ。しかし、この解決策を『藍斗の個の力』としてしまうと……今、藍斗が勉強している意味がない。

 自分の個の力に甘えたい気持ちを一蹴して、藍斗は顎に手を当て熟考し続ける。


 そんな藍斗を、教室のドアの影からコソコソ見ている奴がいた。

 なにやら、もう一人の仲間と示し合わせているようで………。


 そして、突如としてドアを開けて藍斗に向けて、一斉に叫んだ!


「わーーーー!!」

「ぎゃーーーーーーー!???」



藍斗は驚くあまり、その場で仰向けに転倒した。




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【第5話サッカー用語解説】


※1ポジションの可変

藍斗の構想する可変システムについては、のちにストーリーと交え、画像付きで説明します。

今は陣形フォーメーションが2-3-2となる、くらいに捉えてもらえれば。


※2プレス

ボールを保持する相手に近づき、ボール奪取のためにプレッシャーをかけること。

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