第7話 紅白戦 前半

 軽い説明を聞いたチームメイト達は、思ったよりもアッサリ快諾してくれた。


 藍斗の動きに対応したポジション変更。そのルールがただ1つのパターンだけ、というシンプルさが功を奏したのだろう。そう、のだ。




 ルールというのは、以下だ。


 ①陣形フォーメーション可変のトリガー。(※1)

 FWフォワードである藍斗がMFミッドフィルダーの位置まで降りてくる。


 ②陣形フォーメーション可変の実行。(※2)

 藍斗の移動を確認したら、MFミッドフィルダーの2人がフォワードとなる。

 また、SBサイドバック(※3)の2人も位置を上げ、SMFサイドハーフ(※4)となる。


 ③陣形フォーメーションの修正。

 守備時に4-2-1に切り替える。



 これを、紅白戦の際にテストする。

 なお藍斗が属するチームの指揮は、藍斗が取る。


 そして、右側のMFミッドフィルダーRDF右サイドバックについては、戦術理解度を重んじてメンバーを指定した。裕也と謙介だ。

 この2人には先んじて、小学校で、より詳しい構想について話していた。




 *




 紅白戦が開始した。


 前後半20分ずつの、公式戦を想定した試合時間となる。

 15分以上走れない藍斗はベンチスタート。出場タイミングは指揮官である自分自身の判断で決められる。



(見る世界が変わった)



 開始5分もせず、藍斗は確信した。

 この短期間で自身に叩き込んだ、サッカー戦術の数々が、ヒマに感じていたベンチからの景色を一変させている。


 ただチームメイトと駄弁るだけの時間と化していた空間。

 それが、フィールドを俯瞰し試合の趨勢を見極め、次に打つ一手を選定するテクニカルエリア(※5)に生まれ変わっていた。



 ──味わったことのない緊張感、開放感がその身を支配する。



 ベンチから立ち上がり、藍斗はフィールドを広く見渡す。

 その視点が高く、高く、舞い上がっていく。レインの異能『鷹の目』。

 上空から俯瞰で見える視界が、各メンバーのポジショニングと戦術意識を明確に映していた。


(分かっていたが、甲坂は、個人・チーム双方で戦術が少なすぎる)


 彼らはポジションの基礎的な役割こそ与えられているが、それ以外は極めて個人のスキルに依存している。

 ボールホルダー(※6)へ、何となく近い人間がプレスを仕掛けるので、守備網に穴が開きやすい。いちいち致命的な状態となりがちだ。8人制サッカーにおいて崩すことが困難であろうDFディフェンダー4人のシステムの強みを活かし切れていない。


 さらに、甲坂の基礎陣形フォーメーションは守備的過ぎて、ボールを相手から奪った後の、攻守の切り替えトランジションが遅いため、攻めの切れ味がまるで無い。

 道理で自分がいないと点が入らないわけだ、と藍斗は納得した。甲坂は、攻撃力をエースの藍斗に依存している。




 試合は、ローテンポのゲームとなった。

 開始10分で、お互いにシュートチャンスがない。


 実力が拮抗する紅白チーム同士。守備的な4-2-1の陣形フォーメーション|のミラーマッチ。想像通りの展開と言える。



 だが────RDF右サイドバックの裕也は、チームの中でも藍斗に次いで上手い。裕也のいるエリアで技術的に優位に立ちまわれさえすれば、ゲームの流れは傾く。

 しかし個人能力による打開を戦術としてしまうのは、戦術を勉強してきた意味がなく思えたので……藍斗は、別の方法での打開策を考えることとした。



(そうだな……裕也だけじゃなく、逆のSBサイドバックにもボールを集めてみてほしい)

 そしてこの試合初めて、藍斗は指示を出した。



「最終ライン(※7)!サイドにボール散らせ!相手FWフォワードを揺さぶっていこう!」



 この指示で藍斗は半分嘘をついた。

 実は相手FWフォワードのプレスについてはどうでもいいと考えていた。


 狙いは、味方SDFサイドバックが対峙する可能性のある相手MFミッドフィルダーと相手SDFサイドバックの動き方を把握することにある。それをわざわざ敵に伝わるように、味方に伝える理由はない。



 GKゴールキーパー含めた最終ラインの5人は、サイドにボールを渡すことを意識しはじめた。


 そして、何度目かわからないが、左サイドから中央のDFディフェンダーを経由し、右サイドの裕也にボールが届く。

 裕也がドリブルでボールを前に運ぼうとしたとき……相手MFミッドフィルダーがプレスをかけてくることを確認した。さらには、LDF左サイドバックも近づこうとしている。


 ────その瞬間、藍斗は『鷹の眼』で見えた光景に、ビリっと身体に電撃が走るようなひらめきを得た。



「バックパス!」(※8)


 良い位置取りに味方DFディフェンダーがいるのが見え、藍斗は裕也に短く叫ぶ。

 その迫力に思わず裕也はバックパスを選択し────


「中に渡せ!」


 受けた味方DFディフェンダーは、完全フリーな状態になっていたMFミッドフィルダーである謙介にパスを送った。

 相手MFミッドフィルダーは本来謙介のマークを外してはいけなかったのだ。ボールホルダーの裕也につり出され、中央のエリアに穴が開いた。(※9)


 甲坂の個人レベルでの戦術の弱さが露呈する。


「前向け!」「前!」


 チャンス────そう確信した味方メンバーと藍斗の声が大きく交差して響き渡る。

 謙介はトラップして、膨大なスペースが生まれた前方に向き直る。


 だが、謙介はまだサッカーを始めて1年も満たない素人。運動神経もかなり悪い。


 奇跡的なお手本の様なトラップの後、ドリブルしようとしてつま先で触れたボールが、大きく、彼の身体から爆発的な速度で放たれて、相手DFディフェンダーに渡った。


「あ゛ーーーーーー!???」

「そんなことある!???」


 謙介の叫び声と裕也の突っ込みが校庭にこだますると同時に、磯谷コーチが前半終了のホイッスルを鳴らしたのだった。



 ────その時、藍斗はぞくぞくする心地に、口角が上がっていた。



 もはや謙介のミスは気にしていない。

 相手の落ち度はあれど、に自分の指示で、相手の守備網の穴を突けた。


 その事実に、興奮していた。


「これ、すごいな」


 そう小さく声を震わせ、こぶしを握った。

 早く自分も試合に出たい。出たら何ができる?何が見えてくる?


 そう、はやる気持ちを抑え込み、ベンチに帰ってくる味方メンバーに「お疲れ」とか「ナイスプレー」とか声をかけ、ハイタッチを交わしていた。




 ────────────────────────────────────────────────



【第7話サッカー用語解説】


 ※1陣形フォーメーション可変のトリガー

 ※2陣形フォーメーション可変の実行

 上記可変戦術について、以下記事内で画像を作ったので詳しく知りたい方見ていただければと。

 ■4-2-1から2-3-2への可変について

 https://kakuyomu.jp/users/ranzyo_tos/news/16818093087428101410


 ※3 SBサイドバック

 DFディフェンダーの役割の一つ。両サイドに位置取るDFディフェンダー。あくまでDFディフェンダーだが、攻撃参加で前線まで駆け上がったり、攻撃自体の起点となったり、特殊なケースではポジション可変によりMFミッドフィルダー化することもある。

 現代で最も多様性に富んだ、面白いポジションかもしれない。


 ※4 SMFサイドハーフ

 MFミッドフィルダーの役割の一つ。両サイドに位置取るMFミッドフィルダー

 サイドミッドフィルダーは声に出すと忙し過ぎるので、私はサイドハーフの呼び方が好みです。

 前線のサイドに置かれる選手って、個人的には一番華やかだよな、なんて思ってます。


 ※5 テクニカルエリア

 監督やコーチがピッチ上の選手に指示を出すためのエリア。普通にはみ出して指示してる監督をよく見る。笑


 ※6 ボールホルダー

 ボールを保持しているプレイヤーのこと。


 ※7 最終ライン

 DFディフェンダーの選手が形成する陣形の総称。その陣形の位置を指す。


 ※8バックパス

 ボールホルダーから見て自陣側に位置する味方にするパスの相性。防御的なニュアンスで使われることが多い。(例:ボールロストのリスクを避け、バックパスを選択しました)


 ※9の場面

 こんな感じでした、という画像を用意しました。↓

 https://kakuyomu.jp/users/ranzyo_tos/news/16818093087432121335


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