第8話
初めてのデート以来、僕たちは彼女が休みの日のたびにデートした。彼女の休みは土日や祝日とは限らなかったけれど、僕は時間に融通がきく浪人生だから休みのタイミングを合わせるのにまったく問題はなかった。
3回目のデートのとき、僕は思い切って彼女にキスをした。もちろん唇と唇を合わせる恋人同士のキス。別れ際、彼女の暮らすアパートの前だった。彼女の唇は柔らかくて、得も言われぬいい香りが僕の鼻孔をくすぐり、思わずそのまま抱きしめたくなったがそんな気持ちを必死で抑えた。
デートを重ねるうち、彼女は自分の身の上話を少しづつしてくれるようになった。
亜季が中学卒業と同時に引っ越したのは父親の転勤のせいではなかった。彼女のお父さんが亡くなって社宅に居られなくなったからだった。当時の僕は自分のことばっかりで、彼女がそんなことになっていたなんて全然知らずに過ごしていたのだ。その後はお母さんがパートで苦労して彼女を育ててくれたらしい。彼女のお母さんは彼女同様痩せていて小柄な人だった記憶がある。お父さんは結構恰幅の言い人だったから彼女はお母さん似であることは間違いない。そんな事情で、彼女は普通高校には行かず看護専門の高校に入ったのだ。早く働いて母親の手助けをするために。でもそのお母さんも彼女が高校を卒業して準看護婦の資格をとり今の病院に就職した年の秋に亡くなったそうだ。そして今、彼女はお母さんと2人で暮らしていたアパートに1人で暮らしている。
4回目のデートのとき、僕はいつもの別れ際のキスをして、そのまま強く彼女を抱き締めた。彼女はそれに抗って、
「ここだと人に見られちゃうから」
そう言って僕を部屋に入れてくれた。僕はその夜初めて彼女を抱いた。
僕は童貞だったし、だから女の子とセックスするのは初めてで。ネットでエッチな動画はいっぱい見ていたから知識だけはあって。でもその時は気ばかり焦って彼女を散々困らせた。
ついに、という瞬間も彼女のその位置が分からなくて、うまく彼女の中に入れることができず、見かねた彼女が手で僕のものを導いてくれるという失態。さらに奥まで入った途端にイってしまった上にゴムを装着しておらず中に直接放出するという笑えないおまけまで付けてしまった。
高校3年間と浪人の3年間を受験勉強に明け暮れ、若い健康な男が抱くような性欲にがっちりと鍵をして閉じて来た蓋が開いて、一気に吹き出した性欲に身も心もすっかり任せて、僕は彼女の体を夢中で貪った。気が付くと外は白々と明けていた。
彼女は今日は早番だからと言って、慌しくシャワーを浴び、身支度を整えて、
「鍵は郵便受けに放り込んでおいてね。私は合鍵持って行くから」
そう言うと慌ててアパートを出て行った。
僕はそんな彼女をぼーと魂の抜け殻みたいな顔で見ていた。夕べの逢瀬の余韻が体の隅々に残っている。そんな感覚を楽しむように布団に倒れ込んだ。布団に顔を伏せると彼女の香が僕の鼻孔を心地よくくすぐった。
それ以来、デートの後は彼女の部屋に上がってセックスするのが恒例になった。僕は今までの時間を取り戻すように彼女の体を貪ることに夢中になった。そして彼女もそんな僕のすべてをそのまま受け入れてくれた。
毎週のように朝帰りする息子に母親は彼女ができたことを薄々感づいていたと思う。
「けんちゃん、最近変わったね。何か落ち着いた感じがする」
そりゃそうだ、って心の中では思っているが、
「そうかな」ってすっとぼける
「彼女できたんじゃない?」
「まさか、そんなことあるわけないじゃん」
これ以上追求されて説明するのも面倒なので、そう言って誤魔化した。
受験生に彼女は禁物って言われるけど、僕の成績は彼女と付き合い初めてからめざましく向上した。性欲が満たされると返って勉強に集中することができる。それまではネットや本を見て気を紛らわしたり、自慰行為をしたりしていたから、勉強をしていると言いながらその実、半分くらいは別のことをして時間を消費していたのだ。
それに、脳内のかなりの部分を占めていた性欲関連の妄想が解放され、空いたスペースに受験に必要な知識を保管できるようになった気がする。将来もし脳外科医になったら『性欲の解放による脳内スペースの開放と、記憶する力の向上の相関関係について』なんて論文を発表して、受験勉強に対していかに性欲の抑制が悪影響を及ぼすかについて強く訴えたいと思う。ただし、勉強を忘れるほど女性にのめり込まなければって話だけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます