第7話

「でもそれでも諦められないくらいお医者さんになりたいんだね。お父さんの後継ぐの?」

「いや、まあ継いでもいいんだけど、継げとは言われてないし。それに俺、僻地医療に興味があって。どっか医者のいない所へ行って働けたらいいなって思ってる」

 まだ医学部に合格してもいないくせにって話だけど、これは本心だった。

 亜季は注文したパスタを頬張りながら、

「へえー、僻地医療ってみんな行きたがらないお医者さん多いのに。すごいね、けんちゃん」

 すごいって言われて素直に嬉しかった。亜季は俺の言うことをバカにしない。否定しない。

 僻地医療が難しいのは環境が不便っていうことももちろんあるだろうけど、理由はそんなに簡単ではない。医療設備が悪いとか、イコール老人医療だとか。そして何より先進医療からとり残されてしまうという医者本人の恐怖心も大きな理由だと思う。そんなことを医者でもないくせに、聞きかじりの知識で滔々と話をした。

 しまった!女の子の前でこんな話を!つまらないに決まってる。せっかく話題をいっぱいメモって来たくせに。退屈な奴って思われたら次の約束もしてくれないかもしれない……

 でも亜季はピザを頬張りながら真剣に聞いてくれていた。亜季はもう本当の医療現場で働いている。いわばプロだ。俺の聞きかじりの戯言など一蹴にされても何の不思議もない。

「うん、分かる…… 私ももっと勉強して正看護師の資格とって、一人前に働けるようになったら看護師さんの手が足りないような所に行ってお手伝いできたらいいなって思ってるんだ。私、頭悪いからいつのことになるやらってことだけどね」

 亜季は俺の戯言を一蹴するどころか、そんな風に言ってへへっと照れたように笑った。それに勢いを得た俺は言ってしまった。

「じゃあ、将来いっしょに僻地に行こうぜ!」

「あ!いいね。僻地仲間だね」

「なんだよ、それ!」

 二人で笑った。俺はまじで涙ぐみそうになった。ああ、こいつ俺の気持ちを分かってくれてる。俺の付け焼刃の知識を馬鹿にしたりしない。こんなディープな話題で盛り上がれる。事前に調べた話題のメモの存在を俺はいつの間にか忘れた。今なら聞いてもいいか……

「亜季ってさ、彼氏とかいるの?」

 亜季はシーザーサラダを頬張りながら、はっと顔を上げる。

「いないよ。なんで?」

 逆に問いかけられた。これは俺の次の言葉を期待してくれているのかも!俺は今まで生きてきて一度も言ったことがない台詞を、思い切って口に出した。

「俺と、付き合ってくれませんか!」

 舞い上がってしまった。口が上ずって思わず敬語になってしまう。恥ずかしい告白だったかも……

 亜季はそんな俺の言葉にぷっと吹き出した。

「けんちゃんは彼女いないの?」

「6年間も受験勉強ばっかしてきて、いるわけないだろ!」

 そう言ってから気づいた。これじゃ童貞だって白状しちゃってるも同然だ。恥の上塗りをしてしまった。ダメだ、断られる……と咄嗟に思った。でも、

「私なんかでよかったら、喜んで」

 亜季は恥ずかしそうに微笑むと、そう答えた。俺はその言葉を聞いたとき自分の耳を正直疑った。ええ!?まじ!?飛び上がりそうなほど嬉しかったけど、必死でそんな気持ちを顔に出さないようにがんばった。今にして思えば、ちゃんと素直に顔に出して飛び上がればよかったと思う。

「ありがとう。よろしく」

 なんて、すました顔でそう言った。握手の手を差し出したりして。なんて気持ちの悪い奴だって今なら分かる。でも亜季はそんな俺の手を握り返してくれた。初めて握った彼女の手は柔らかくて、そして俺の手の平にすっぽり収まってしまうくらい小さかった。



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