第4話

 久々に見る彼女はやっぱり小柄で痩せっぽちなのは昔と変わらないが、看護師の制服姿のせいかずいぶん垢ぬけた様子で、制服の上からでも分かるほど女らしく緩やかな体のラインが見て取れた。周りの受験生には彼女の姿をじろじろと舐めるように見ている奴もいる。

 何より内気で大人しかった彼女が、いくら幼馴染とは言え、こんな風に気軽に男に声をかけるなんて、僕が知ってる彼女では考えられないことだった。

「あき?」

「わー、やっぱり中山君やった!」

 彼女の顔がぱっと綻んだのを見て、僕はなぜかドキッとした。こんな風に感情を素直に表情に出すような子ではなかった。その変貌ぶりに驚き、そしてちょっと眩しかった。

「中山君、この大学受けるん?」

 まあ、ここにいるんだから分かりそうなものだが。

「うん」

 さっき数学の試験で失敗したので今年もダメかなと考えていたので、そう返事はしたものの少し後ろめたい。受けてはいるけど入れるとは限らない。

「私、ここの大学の附属病院で働いてるねん」

「へえ、そうなのか」

 まあ、この場所でそんな恰好でいれば、それ以外の可能性を考える方が難しいけど。

「と言っても正看護師じゃなくて准看護師なんやけどね」

「ふーん?」

 准看護師ってなんだ?

「横、座ってもいい?」

「あ、ああ。どうぞ」

 ちょっと上がっていた。こういうことは男の方から勧めるべきだったかなとか考えてしまう。高校の3年間はずっと受験勉強ばっかりしてた。彼女を作って遊んでるやつ、部活に熱中するやつ、そんな奴らを横目に、羨ましい気持ちに蓋をし、医学部に入ったら彼女を作ろう。医学部にさえ入れれば将来は保証されたも同然だし、女なんて放っておいても寄って来る。よりどりみどりだ。なんて思ってた。

 その後浪人生活を3年過ごして、その間もずっと医学部にさえ入れればって、そんなことばっかり考えてた。だから21歳になった今でも彼女もなくて禁欲的な生活を送っている。そんな僕が女の子と会話を交わすことすら何年もなかったことで、今、亜季を目の前のして心が浮足立っていた。

 正直に言うと、僕はずっと彼女を見下していた。でも彼女はすでに看護師として一人前に働いて生活している。そしてこんな僕に声を掛けてくれるほど心身ともに成長を遂げたのだ。僕は自分がひどく幼くて傲慢で卑小な男に感じられた。そんな気持ちを悟られないように精一杯虚勢をはった。まさにこんなところが卑小だって言うのだが。

「中山君はお医者さんになるんやね」

「うん、俺の小さい頃からの夢やし」

「前に会ったときも確かそんなこと言うてたもんな。中山君って小さいときから勉強できたもんな。スポーツも万能でかっこよかったし」

 亜季は照れもせず、さらりとそんな風に褒めてくれた。自分が褒められたのって何年振りだろう。浪人を重ねているうちにどんどん自分はダメな人間なんじゃないかって気持ちが澱のように心に溜まって来る。そんなネガティブな気持ちに潰されそうになりながらずっと戦ってきたから、亜季の言葉は心に春風が吹き込むように心地がよかった。だからつい、言ってしまった。

「俺のこと中山君って呼ぶのやめてくれへんかな。昔はけんちゃんって呼んでたやろ?」

「ええの?」

「うん」

「じゃ……けんちゃん」

 彼女はちょっと恥ずかしそうに口に出して言った。亜季のかわいらしい声でそう呼ばれて、僕は心臓がきゅんとした。どう表現していいか分からないような快い感覚が電気のように全身を駆け巡るのを感じた。

 長い長い禁欲生活を送って来た僕はこの時点ですっかり彼女の魅力に引き込まれていた。彼女をこの手に入れたいという強い欲求に駆られた。彼女は小さい頃のように僕を慕ってくれている。手を伸ばせば簡単に手に入りそうな気がした。



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