第4話 落城

 エグマリン国の王城に戻ってきたアルエットは、毎日ぼんやりと過ごしていた。

 デルフィーヌがいなくなった分、痛い思いをしなくてよくなったはずなのに、胸の奥でずっとちりちりとした痛みが消えない。


 ――フェザンに会いたい。


 迎えにいくという言葉だけが心の拠り所だった。しかし、それもひと月経つと疑問に思えてきた。やはり国も違うし、名前だけで相手を捜せるものなのかわからない。


 おそらくアルエットがおとなしく国へ戻るようについた優しい嘘だったのだろう。

 落ち込んでいるアルエットの耳にさらに悪い話が入ってきた。


「宣戦布告ですって?」


「相手はクライノート帝国だそうよ」


「領土の一部では納得しなかったみたい」


「まさかここまで攻めてくることなんてないわよね」


 そんなメイドたちの会話を不安に思いながら聞いていたが、数週間後、それは残酷な現実となって訪れる。


 国境付近の部隊は壊滅し、デルフィーヌが嫁いだという公爵領も陥落した。城は火の海に沈んだと報告を受け、王妃は泣き崩れる。


 そして、ついに王城からでも帝国軍の深紅の旗が目視できるようになった。王都にいた民はほとんどが数日前に脱していたが、国王と王妃、そしてアルエットは王家の矜持を見せるためだと城に残ることになった。


 ――ああ、ミスダールにいた頃に戻りたい。


 燃えていく王都を蒼白な顔で見下ろしながら、アルエットは進行してくる一列の深紅の部隊を自室から眺めていた。




「まったく腰抜けどもめ!」


 エグマリン国王は吐き捨てるように言って、腰の剣を引き抜いた。


「陛下、もうここも持たないでしょう。今なら隠し通路から逃げられますわ!」


 玉座の後ろに震えながら身を隠していた王妃は、髪を振り乱して王に声をかけた。


「凄腕の剣士はたった一人の若造だというではないか。儂が返り討ちにしてくれる!」


 王の間には二人の他に兵士が数人身構えていたが、階下が騒がしくなり、扉が開いた途端に一人が力なく倒れ込んできた。


「――貴様がエグマリン国王か」


 甲冑に身を包んだ青年が酷薄な瞳で国王を射貫く。


「よくもここまで国をめちゃくちゃにしてくれたな。見れば隻眼ではないか。腕の立つ剣士というのはまさかお前のことではあるまいな」


 国王がサーベルを突きつけると、王の前に立っていた数人の兵士が短い呻き声と共に赤い絨毯の上に次々と倒れていった。すさまじい早業に国王は驚愕し、近づいてくる青年に対して剣を構え直した。


「そうだな……アルエット王女を差し出せばお前らの命は助けてやってもいいぞ」


 口元をゆがませながら青年は剣の露を払う。


「陛下……! アルエットを連れてきましょう! あんな子でいいならいくらでも差し出すわ」


 即座に答えたのは、血走った瞳を見開いた王妃だった。


「わ、わかった。おい。すぐにアルエットを連れてこい」


 怖気づいた国王が生き残っていた兵士に命じると、その彼は頷いて帝国軍の兵士と共にアルエットの部屋へ駆けていった。


「こ、これで私たちは見逃してもらえるのでしょう?」


 王妃が国王の腕を掴むと、青年はためらいなくその剣を振りかざし、二人を斬り捨てる。


「――躊躇なく娘を代わりに差し出すとは、話にたがわないクズだったな」


 青年は表情一つ変えることなく、こと切れた国王と王妃の亡骸を一瞥してその場を立ち去っていった。



 エグマリン国の王城は、その後三日三晩業火に焼かれたという。

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