第33話

魔族の体温は人間のそれよりも低い。

触れる唇から感じるその違いに、唇の柔らかさに胸がいっぱいになる。

高貴なひとの艶めかしい吐息に欲情を自覚する。

はじめは暴れたリッタはあっさり抵抗を止めている。


リッタ様は許してくれる。

ウィードは胸を撫で下ろした。


しかし次の瞬間、ウィードの唇に電気のような鋭い痛みが襲う。



「……覚えたての酒に免じて見逃してやる。でも二度とこんな真似はするな!」


「リッタ様……」



濡れた唇をそのままに睨み付けるリッタにウィードは己のしでかしたことを理解する。

戸惑いを滲ませたウィードを見て、リッタは苛立ちを露わにした。



「勇者よ。私と今剣を交えるか?!

お前の首をはね、人間共を私の支配下に置くなんて造作もない事だ!」


魔王として毅然と言い放てばウィードの目が見開かれる。

リッタは苛立ちを抑えることが出来ない。滅多にない事だった。

一緒に居ればもっと傷付けたくなる。そんな衝動を抑えて背を向けた。



「もう…、お前はここには来るな。」


リッタの声は震えていた。


それを気取られまいと部屋を後にする。

重厚な扉が閉じても、ウィードが動く気配はない。



一緒に街を歩いたときにウィードは二人が通じ合っていた様な気持ちになっていた。


少女の様にはにかむリッタも、自然と歩幅が合うことも

私の根無し草ちゃん、私の浅海みたいに“私の”と呼んでくれることも 夕陽を浴びて神々しいまでに美しく微笑んだあの瞬間も

俺だから見せてくれたんだ、とウィードは思っていた。


少し飲みすぎた上に猥談を聞かされていて気が緩んだ。

リッタが怒らないから許された気になって甘えてた。



「リッタ様…っ。」


追おうと思ったのに動けなかったのは

自分の慢心や勘違いを再び突き付けられる勇気が無かったせいだった。


後悔ばかりが押し寄せる。





一方のリッタはというと。



「ふ……うっ、…………………えぇーーん」


ベッドで泣き出した。子供みたいな声をあげて、ぬいぐるみたちを抱き締めて涙も拭わず泣いた。


嫌だった。

よりによってウィードに、あんなに大きくて話の通じない獣みたいに貪られて。



親離れ、魔族離れにもなるこの旅がきっと、ウィードが人としてまともに生きていくために必要だと思ったのに。

それを理由に体よく肉欲をぶつけてくるなんて。

アンジュにもあんなに優しく微笑むくせに。

アンジュを娶る事を私には言わないくせに。


ボロクソに泣いて、明日からまた魔王頑張る!

リッタはそう思いながらはばかる事無く泣いた。

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