第31話

二人で街を歩いた後、宿に金を取りに戻ったウィードは一人酒を飲みに出た。



「ウィード様!」


背後から声をかけてきたのはアンジュだった。

小走りだったせいか息があがっている。



「どうしたんですか?…俺を追って?」


「はい。…あの、どこかに行かれるんですか?」


「酒でもと思いまして。…はは。」


「お夕食は?」


「そうでしたよね。すみません。お二人でお願い出来ますか?」


「ウィード様は召し上がらないんですか?」


「俺は…、酒飲みに行くんで。」


「お一人でですか?」


「はい。たまには、と…。」


アンジュは困ったような顔をする。男ならどうしたのかと声を掛けたくなるだろう。あるいはその憂いを取り除きたいと思うかもしれない。



「ウィード様…、ご一緒してはいけませんか?」


アンジュは思い切って告げる。ウィードは驚きこそしたものの嬉しそうには見えない。


ウィードは目の前の女性を疎ましく思う。



「猥雑な場所にあなたを連れて行くなんて、僕が耐えられないんです。」



今日という日はリッタとの思い出だけで充分だった。それ以外は余計なものでしかない。


端整な顔に憂いを含ませればアンジュは了承する他ない。



「そうよね。ごめんなさい。」


ウィードはアンジュと別れて一人で居酒屋に入った。


魔力を完璧に隠しているリッタが近くに居る事も、目撃していた事も気付きもしなかった。



ウィードは居酒屋に着くと麦酒で喉を鳴らした。

2杯目はゆっくり飲む。今日のささやかな出来事さえも思い出して、酒を飲みたかった。



しかし隣の客が話している内容を聞き流せない。


“勇者と高位魔法使いを結婚させる気だって話だぜ?”

そう隣の客は言ったのだ。



「あの王は勇者人気にあやかろうって魂胆だろ。」


「あの……、アンジュ…って魔法使いを褒賞にという話は?」


ウィードは思わず口を挟んだ。


アンジュを勇者ウィードへの褒賞にするという噂程度の話は聞いていた。

しかし王女というのは初耳だった。



「あれは魔法使いが勇者に付いていくって話が女たちの間で愛だのロマンチックだのってキャーキャー騒いで広まったんじゃねぇか?」


「いいや、タイミング的には違うね。勇者が高位魔法使いを褒賞に望めば、偉大な功績だけじゃなくラブロマンスも付いてくるだろ?そうすれば魔法使いの同行を許して旅をサポートした王様の人気は不動のものになるって目論見らしいぞ。城に勤めてる奴が言ってた。

王女の話だって自分の政治の駒に過ぎないんだろ。」


客はそう話してくれた。



自分の事なのに蚊帳の外でウィードは目眩がした。

しかもとても馬鹿馬鹿しい。



「勇者は王女と魔法使いの二択なのか?」

ウィードは更に問う。


「どっちも美女なんだから文句ねぇだろう。しかも一生金には困らないときた!」


俺も剣抜きたかった。

自分のブツでも抜いとけなどと猥談が始まる。


ウィードは不愉快で仕方がなかった。

そして、酒をかっ喰らって魔王城に転移した。

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