第20話

「はぁ。はぁ。」


毒による痺れが抜けきらないリッタは床に転がった。

冷たくて気持ちよかった。


誰も入れなくしたから、いつもででもこうしていたい。そう思った。


時間の感覚も手足の感覚もろくにない。

情けない魔王だと笑いたくなった。


リッタはしばらく身体も思考もなにかから開放したかったのに、それを許してはもらえなかった。



「王術ってすごく疲弊するって本当なんだね。それともお茶のせい?」


手を伸ばせば触れるような距離でやっと魔力を悟らせた声の主はリッタをまるで壊れ物でも扱うかのように抱き上げる。


入れないように張った結界を解き魔術を使って悟られないよう忍び込むなんて。

リッタは内心驚いていた。

人間がそこまで出来るようになるなんて、と。


大切そうに運ばれてソファに横たえられると、ウィードは眉を下げて微笑む。



「痺れてるだけだ。構うな。」


「もっと早くに来られなくてごめんね。」


「馬鹿を言え。私は魔王だ。」


「うん。あなたは世界で一番強くて美しくて可愛くて健気な魔王様だ。」


「……やめろ。意味が分からん。」


一人になりたいと思う。

なのにウィードはリッタに影を落とす。



「ん…。やめろ。」


リッタより体温が高いウィードの唇が首筋に触れた。

2つ、3つと重ねられたあとでウィードは唇を離した。身体に熱が戻ってくるような感覚を覚える。



「どうして王術を使っちゃったの?俺が向かってた事、気付いてたでしょ?」


「勇者に助けを求める魔王なんて聞いたことがない。」


「魔王を助けたかった勇者がいじけている話は聞いたことある?」


「ふ…。無いな。ん…っ。やめろ。」


「痺れてるから、鈍感になるのかと思った。」


「首に…唇を、付けるな。」


「痺れが抜けていくはずだよ。でも気持ち悪いね。泣きたくなる?」


リッタは答えなかった。

その感触を嫌だと思えない。それどころか心地好いとすら感じてしまう。胸を打つ鼓動が高鳴る。



「リッタ様。俺は思うんだよ。」


離れた唇が耳の近くで静かに言葉を紡ぐ。

低くて落ち着いた声がいつものウィードとは違うようで、居心地が悪い。



「確かに俺たちは歯車かもしれないけれど、泣きたい事が有ったら、立場なんか関係無しに泣いたって良いって。」


「お前は、泣きたいときがあるのか?」


リッタは気を奮い立たせようと嘲けて言った。

あんなに何度も大人しく唇を寄せられていた事が恥ずかしかった。



「有るかな?…まだ無いな。けど、そのときはあなたのところに帰ってから泣くよ。リッタ様も俺のそばなら泣いて大丈夫だから。」


「わ、私は泣きたい事など…」


裏切られたくらいで悲しいと思ったりはしない。

そんな繊細な感情モノは女王時代に捨て去った。


だけど、どうしてか。

後ろから抱き締める腕や背中に触れる硬い胸が

麻痺が解けても首筋に触れる熱い唇が、リッタが過去に捨て去った感情を思い出させた。



「…………気持ち悪い。」


そう呟いて強く目蓋を閉じる。涙は出ないけれど腕の中の心地よさを知ってしまう。

背後の男が微笑んだ。

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