第19話

リッタは有り余る魔力ですぐに料理長ラコクを召喚した。

執務室のソファに横座りをするリッタを見るなりラコクは顔色を失い震えだした。



「お前の淹れてくれたトライギスの茶、旨かったぞ。」


そう嘲笑うやいなやラコクは床に頭を擦りつけた。

申し訳ございませんとお許し下さいを繰り返し繰り返し震えながら唱えた。



「お前は父も信頼していた料理人だった。」


「息子が!息子が連れ去られて!」


「ほぅ。」


情けが掛けられると思ったのか、ラコクは自分に降り掛かった災難を訴える。


息子は誘拐されており、リッタ暗殺が成功すれば助かるとの事だった。


ウィードが毒入りのトライギスの茶葉を持ってきたというのはラコクによる嘘であり、それが指示された事だとも。


全てはエケアノの仕業であるとリッタはその様子から確信する。




「料理長、一つ命を拾ってやろう。父の代から尽くしてくれた事は事実だからな。

お前の息子を助け出すか、私の手中にあるお前の命を助けるか。」


理由があれ、許される事ではない。

本当は息子共々皆殺しにしても構わない事だ。


しかしリッタは非情に成りきれない。

話を聞いていたとき、出会ったばかりのウィードがちらついたせいだ。 



「息子の命を!息子の命をお助け下さい!」


迷わずラコクは言った。

ボロボロと涙を溢している姿はリッタの王女時代に部下を怒鳴り散らかし極上の料理を届ける男の姿とは遠くかけ離れていた。



「助かる様子が見たいか?」


一つ頷いたリッタは艶美に頷きラコクを見据えて問うた。

その間には、リッタの魔力はがラコクに似た魔力やエケアノの魔力の残骸を探していた。



「陛下を信じております。」


ラコクは一生懸命笑顔を作る。

許してやる事は簡単だ。しかし魔王としての立場がそれを許さない。



「殊勝な事だ。少し待て。」


リッタは目を閉じて、ラコクの魔力に似た存在を見付ける。王術と異なるが高等な術だ。じわりと汗が滲む。

息子の周りの全ての魔術を遮断する。その空間をラコクの邸宅に転移させる。



「お前の息子は剣の山の小屋にいた。今お前の屋敷に飛ばしたぞ。」


こんな事が出来るのは魔族の中でもほんの一握りだ。


誘拐の事実に動転してエケアノ達に屈し、子供の安否に気を揉み、誰にも言えずに毒入りの茶を運んだ。

今は悔やむより喜びの方が断然大きい。



「……有り難う、ございます…っ!!有り難うございます!!」


頭を深く下げて号泣しながらリッタに繰り返す。

リッタは近付いてしゃがむと、ラコクに囁いた。



「いつの料理も絶品だった。」


ラコクは目を見開く。

しかし次の瞬間、ラコクは黒い砂で出来ていたかのように黒く零れて崩れた。そして消え去る。


零れたラコクはもうどこにもない。



「砂崩闇落」


リッタの呟きを耳にするものは居なかった。

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