第5話
■■昔と今
「なんだこれ!」
リッタが草むらで横たわっているウィードを見付けた時の第一声はこれだ。
当日リッタは164歳で王女という立場。ウィードは2歳より少し手前だった。
「ひとですね。」
「そんなの分かってるよ。ほら!額の変なの!」
「リッタ王女、口調をお戻しください。」
痩せこけて汚れている小さなウィード。その額をのぞきみる。
「これは奴隷印という彫り物です。妊娠中の女を奴隷にした場合は生まれた子供も奴隷になるようですよ。」
「へぇ。悪趣味な。」
星のような金髪はぐちゃぐちゃに絡まり埃にまみれ、遠浅の海のようなエメラルドグリーンの瞳は虚ろに濁って見える。
「浅海の子、お前はどうしてここにいるんだろうなぁ?」
逃げたか、逃されたか、捨てられたのか。
問うたところで答えられないだろうし興味もないリッタは、鋭い爪に変えて柔肌に充てがう。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!!!」
「リッタ王女!」
火がついたように泣き喚くウィードの額から血がどくどくと流れる。
抉り剥がされた柔らかな皮膚が新緑の上に落ちた。
「泣くな。大丈夫だ。もうとっくに痛くない筈だぞ?」
抱きあげてトントンと背中を優しく叩きあやした。
流血は治まっていた。
それ以前にリッタに皮膚を剥がされたはずのウィードの額は、隷属の彫り物すら無い綺麗な皮膚に治されていた。
「大丈夫よ。いいこね。」
リッタは口調が崩れている事を忘れ、あやした。
そうしなければならない気がした。
「私の浅海。…根無し草ちゃん。」
それからリッタはウィードを根無し草と呼んだりもした。
奴隷の子だとは明かさなかった。
知らなくて良い。
私の浅海は澄んでいてこそだから。
可愛いもの好きのリッタは、見目が整っているウィードを手元に置いた。
「まっま!」
「まま、とは私のことか?…ふふ。まぁいい。」
ママと呼ばせた。
ママと呼ばれる女がすることは時折してやった。
それはとてつもなく面倒で楽しかった。ほとんど侍女任せだったけど。
「これは勇者になるよ。命の輝きがまるで違う。なに、飽きたら殺せば良いさ。」
そう言って人の子を“飼う”王女リッタは父の跡を継いで魔王になった。
膨大な魔力を遺伝によって受け継いでいるリッタ以外に王に相応しいものはいなかった。
「お母さん、おめでとうございます。」
「ウィード。私の即位をもってお前にはそれを改めてもらわねばならない。」
「…なんで?」
「私はお前の母ではないからだ。ずっと言ってきただろう?それに私が母なら息子のお前を狙うものが出てくるかもしれない。」
「それはお母さんが困る?」
「リッタ様と。私の浅海を濁らせたくない。」
お前は私のかわいい根無し草ちゃんだ。
そう言いながらも、親しい魔族にはあだ名として“私の子”とウィードを呼んでいた。
拾って16年。ウィードは見た目のみで言えばリッタと変わらなくなった。
リッタはずっと成人になりたてのような見て呉れをしている。
歳を取るスピードも、寿命も異なる。
“昔は可愛かったのに。”
“あなたはずっと変わらず可愛くて美しいね。”
“ジゴロのような物言いをするな。”
“本音なんだけどな。証明しようか?”
いやいや。可愛くない。
“リッチャ!”
“惜しい!でも上手に喋るようになってきたな。”
そうそう。あぁ可愛かったなぁ、あの頃。
あのウィードが、アンジュを褒賞に?
あの子が望んだの?
アンジュを褒賞として手に入れられるなら、私を討つ事も厭わないと考えているのかな?
そんなうら寂しい疑問からリッタは抜け出せずにいた。
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