第88話
「……とにかく、そういう経緯もあるから、正直俺が何かを言っても従わない可能性の方が高い。前から言っているが、この国は完全なる実力主義だ。女である珠璃に負けた俺には、その資格が正直に失われているも同然なんだよ」
はぁー、と大きくため息をついた夏桜に、珠璃は少し考える。そして首を傾げる。
「……でも、まだあなたが【朱雀】を背負ってますよ?」
「……ん?」
「勝負に勝ったからと言って、無条件に四神の交代になるわけではないのでしょう? 事実私はそうなっていないし……春嘉さんの国にいた時に聞いた話ですけど、その四神の地位につくのも神使様の許可がなければつけないはずです。それを全面に押し出してみては?」
「……」
「少なくとも、今この国を一緒に守ってくださっている神使様たちは夏桜というあなたを認めているんですから。そこは誇ってもいいと思いますけど……?」
「……」
「? どうしたんですか?」
「あー……好き。まじで好き。なんで嫁に来てくれないんだよ、お前……」
「は?」
「俺はそこそこいい男だぞ。ちゃんと一途だし。尽くすし。好きなこともさせてやるし。なんでも買ってやるし。ただ、ちょっと四神という立場上、執着はすごいけど」
「最後が一番怖いですから」
「珠璃みたいな女、もう一生出会えねぇよ……なんで俺じゃダメだったかなぁ……」
「さっきも言いましたけど? 出会って数日の男のものになるなんで言語道断ですけど?」
「聞いたな……聞いたけど諦められねぇよ……」
「……」
夏桜の言葉に何を言えばいいのわからなくなって、とりあえず黙っていることにする。こういう時は何も言わないのが一番である。
と、ガバッと顔を上げた夏桜に珠璃も春嘉もビクッと体を揺らす。
「よし。とりあえず、ぶっ潰してくるか」
『おー、それが一番手っ取り早いぞい、夏桜!』
『しょうがないなぁ……手伝ってあげるよぉ』
『ええ、お供しましょう!』
夏桜の言葉に、待っていましたとばかりに声を上げた神使たちに、珠璃も春嘉もお互いに顔を見合わせて思わず笑みをこぼす。
神使たちは、きっと待っていたのだろう。夏桜が行動を起こすのを。なにしろ、自分達が認めた主人である。だからこそ、夏桜の言葉を尊重していたし見守っていた。どうにもならなくなったら手助けをするつもりだったけれど、いつだって言葉で諌めて、言葉で応援していた。守り、優しく導いていたのだ。
夏桜は、その期待に応えた。だからこそ、こんなにも輝いて見えるのだろう。
目を細める。眩しい、一筋の光だ。自分にはもう、決して訪れることのない、暖かな光。
羨ましい、と感じる心は、擦り切れていた。
◯
支配者というのは、必ずその性格が出てくる。そして現在、朱雀である夏桜に変わって偉ぶっている輩の性格がこれほどまでに滲み出ている光景は、ただ怒りを湧き上がらせるだけだった。
あまり目立ってはいけないと思い、全員が頭から布を被り、容姿を隠すようにしながら裏道を進んでいく。元々の朱雀の城を目指しているのだ。けれど、その間で目にする光景はひどいものだった。
「……なんなのよ、これ……!」
男が踏ん反りかえって、女子供が怯えながら体を小さくしているその光景は、あまりにも夏桜が治めていた時の印象と真逆である。
「……やっぱり、こうなったか……」
「!? やっぱりって、何!?」
「……元々、俺たちの国はこういう国だったんだよ。男尊女卑。男が偉く、女は使い捨てだ。武器を持つことだって許されない。家の中から出ることすら嫌悪される。彼女たちに求められているのは、強い男の子供を産むことだけだ。そうやって、女たちは育てられてきたんだよ」
「は!?」
「国を変えるのは簡単なことじゃない。俺が治めていた時だって、別に表面化していなかっただけでこういう名残はそこらじゅうにあった。ただ、俺が女に武器を与えることに成功したこと、そして女たちもそれに積極的に参加したことで、多少緩和されただけだったんだよ」
「そんな……」
「……珠璃。申し訳ありませんが、夏桜の言葉は事実です。私が知っている朱雀の国も元はこういう国でしたから。それをあそこまで改革した夏桜は、実は本当に素晴らしい統治者とも言えますね」
「実はは余計だ、青龍……。ま、俺が頂点じゃなくなった途端、こうなったってことは根本的解決は全くできていなかったことの裏返しだが……」
だとしても。これはあまりにも酷い。強者が弱者に手を挙げるこの光景は、あまりにも。
「お前たちが俺の城で滞在してた時、青龍が襲われそうになっていたこと、あっただろう?」
「……あ、りましたね……?」
「…………蒸し返しますか、朱雀……」
「悪い。一番わかりやすい例えだ。……あの時、青龍を襲った女は別にむやみやたらと襲っていたわけではない。本能で青龍が【強い男】と認識したから、おそったんだ」
「……そんな……」
「女たちの意識の底には、強い男の子供を産まなければならない強迫観念が残っている。だからこそ、強いと直観的に感じた男を襲ったんだよ。そうでなければ、自分の価値を証明できないと考える女たちはまだ多いからな……」
悔しそうにそう話す夏桜の横顔に、春嘉もあの事件を納得する。どこか必死に見えたのはそういう理由だったのかと。ちらと珠璃を見れば、体が震えている。恐怖ではないだろう。そのくらい、さすがにわかる。
(……そんな、旧時代の意識がここに残っていうわけ? 馬鹿馬鹿しい……!!)
拳を握りしめて、怒りに震える珠璃に、春嘉と夏桜は何も言えなかった。
「……二手に、別れましょう」
「は?」
「夏桜、あなたはそのまま城に向かって、このふざけた統治をよしとしている屑を始末してきてください」
「ちょ、珠璃。まて。落ち着け」
「これ以上なく、落ち着いています。……私は、ここに残って徹底的に叩き潰してきます」
「それこそ危険だろ!? お前だって女だ! 体力的な問題がある! ……どう、頑張ったって、女は男の体力には勝てないんだ……」
「春嘉さんに一緒に残ってもらえればと思ってます。……いいですか?」
「ええ。もちろん」
「お前……っ!」
「どちらにしても、このままこの光景を見捨てることはできません。だからこそ、広がってしまった腐った部分を私が切り落としていきます。ですから、夏桜は膿の部分を摘出してください」
珠璃の言葉に、夏桜はうぐっと言葉に詰まる。
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