第87話

その言葉に、夏桜はハッとする。


 この国を共に守護してくれている、三柱の神使たち。珠璃との勝負に負けた時、慰めることもせず、けれど怒ることもなかった。ただ、自分を省みろと諭してくれた。大事なものが何かを、教えてくれようとしていた。力が全てと思われている、この国の神使たちがだ。


 グッと、喉まで何かが迫り上がってくる。言葉にしたくてもできない感情だ。いや違う。今まで、目を背けていたことだ。



「……助けてくれ」



 絞り出す様な声は震えて、とても格好悪い。わかっている。けれど。



「ええ。あなたがそういうのなら、私はその手を引っ張り、立たせて差し上げます」


「ようやくですね、朱雀……いえ、夏桜」



 優しさに溢れた声音で、答えてくれたその存在に、胸の奥が締め付けられる。感謝の言葉を口にしたいのに、それができない。それは決して負け惜しみになるとか、誇りが許さなかったとかではなく。ただ、今口をひらけば、みっともない泣き声を聞かせてしまことになるからだ。


 夏桜は、二人の言葉に、小さく頷いて、感謝を伝えたのだった。





 さて、と声を上げたのは、巳の神使である。



『ようやく阿呆の目も覚めたことじゃし。早速どうするかの?』


「……もう少し、やんわりと言ってくれないか?」


『阿呆を阿呆と言って何が悪い、阿呆。珠璃がいてくれたからなんとかなったものの、お前だけでは国が崩壊するところじゃったわ阿呆』


「ぐぅ……」


『しょうがないよぉ〜、阿呆だもん〜、言ってもわからないんだからそのまま放置するしかなかったんだしぃ〜?』


「ぐ…っ!」


『それよりも、夏桜、珠璃に近づかないでくれるぅ〜? 蹴り飛ばすよ?』


「もうちょっと、俺を……!!」


『うるさいなぁ〜、蹴る? 蹴る? 全然、いつでもいいよぉ〜?』


「わかった! 離れる! 離れるからやめろ!!」


『よしよし! 珠璃、こっちにおいでぇ〜、阿呆のそばになんていないでぇ〜』



 未の神使があまりにも『こっちこっち』と繰り返すため、珠璃は少し困惑しながらも未の神使のそばに侍ることにする。なんだかあまり否定してはいけない様な気がしたのだ。そして、その珠璃の判断は正しく、あと数回、未の神使の言葉を珠璃が躊躇ったら巳の神使が仲裁に入り、珠璃を未の神使のそばへと誘導しているところだった。


 あまりに杜撰な扱いに、春嘉も困惑の笑みを浮かべたまま黙って聞いていることしかできなかった。



「……夏桜、あなた、苦労しているのですね……」


「!? お、お前のところの神使達もこんな感じだろうっ?」


「……いえ、もっと穏やかな方達でしたけど……」


「見習ってくれ……!」



 そう思わず声に出してしまったのは、それだけ今まで苦労してきたことの表れでもあり、春嘉はそっと同情だけしておいた。


 そして思った。神使にも、さまざまな性格の方々がいるのだなと。



「……それよりも、今の状況をどうするつもりなんですか? 助けるとは言っても、何をすればいいのかわからないままでは何もできないのですが……」



 そういった珠璃に未の神使がもそもそと頭を寄せる。そんな行動に気づいて、珠璃は手を伸ばしてそのまま神使を撫でた。それに満足そうにしながら目を細める彼を見て、夏桜が何かを言いたそうに見ていることに気づくが、何もいってこないのを見るに、特に気にしても仕方がないだろうという結論に至りそのまま黙っていることにする。


 だから珠璃は知らない。未の神使が密かに夏桜に向かって勝ち誇ったかの様な顔を見せたことを。


 一応は夏桜のそばにいる春嘉はなんともいえない気持ちになりながらも、なぜか突っ込んではいけないような空気を感じたため、そのまま黙したのだった。



「……とりえず、できることは一つだけなんだよ、というか、それで解決するしかないというのが正解だな……」


「あー……やっぱり乱暴系? そういうのに手を貸すのはちょっと……」


「誰もそうはいっていないが。まあ、考えていること自体は何も間違っていないからな…想像通りだと思えばいい」


「それはもう、あなた一人でやれば良いのでは? 協力するとは言いましたけど、手を貸すこと何もなさそうなんですけど……?」


「ま、本当にその通りなんだけどな……」



 しかし、と口籠る夏桜を見て珠璃も春嘉も首を傾げる。



「要は、今朱雀の代わりに偉ぶっている頭を叩きのめせばいいってだけですよね?」


「珠璃……お前…意外と過激だな……」


「え?」



 こてん、と首を傾げた珠璃にその場にいる全員がため息をついた。



『珠璃や』


「え、はい?」


『お主……自分がこの阿呆に勝ったことを忘れたんか?』


「…………まさか」


『その【まさか】だよぉ〜? なんかちょっと抜けてるところあるよねぇ〜? 可愛いけど!』


「えぇ……どんぱちやるのは面倒なんですけど……」


「一瞬で俺を負かしておいてよくいうよな、お前……」


「だって! 勝たないと紋章くれないって言ったから!」


「あー、そういやそういう約束だったな」


「しかも負けたら結婚とか言われてたし!? そりゃ私だって真剣に全力出しますからね!?」


「……そんなにも嫌だったのか? 結婚……」


「いやに決まってるでしょう。出会って数日の男のモノになるとか。拷問だわ」


「……」



 ふん、とそっぽを向いた珠璃の態度に夏桜があからさまに落ち込んでいる。同じ気持ちを持つものとして夏桜の気持ちがわかる春嘉はそれでもやはり心の中で慰めてあげることしかできなかった。

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