第86話
「【朱雀】、選択の時はもう目前まで迫っているんです」
珠璃は夏桜に視線を戻す。
夏桜が体をピクリと振るわせる。
わかっている。珠璃に言われずとも、その選択をしなければならない時が近づいているということに。自分の未熟さが招いた結果だ。目の前にいる彼女に興味を持った。だからこそ、そばに置きたくなった。今までそのような感情はあまり湧かず、沸いたとしても一瞬で霧散してしまうほど興味のないことだった。
それなのに、珠璃に対しては一瞬の気まぐれが起こらなかったのだ。だからこそ、手を伸ばしたのに。
「あなたがそのままそこで足踏みをするのならそれでいいと思います。選択は自由ですから」
「お前……」
「でも、考えて選択をしてください。掴むべきなのか、手放すべきなのか。握りしめたいのか、そうじゃないのか。選んだ先のことをよく考えて」
「……」
「あなたの選択で、私も春嘉さんも、動き方が変わってきます」
「!?」
珠璃のその言葉に、夏桜が驚きを見せる。
まさかそのような提案をされるとは思わなかったのだろう。しかし、珠璃のその言葉に春嘉も特に否定はしなかった。同じ四神の一人だからなのか、それとも違う目的があるのか。わからない。
けれど。
「私たちが、あなたの味方になる。私たちが、あなたの手助けをする。必要ないと言われるかもしれないけれど、それでも手を貸します」
力強い言葉に、夏桜は言葉をなくす。なぜ、これほどまでに親身になってくれるのかわからないからだ。春嘉は他国の人間、それも、国を治める立場にいる人物であるにも拘らず、手を貸すという。
意味がわからない。理解できない。それなのに、それを理解する必要はないとでもいうかのように、珠璃は夏桜を見つめて言葉を待っている。
口を開こうとするけれど、喉がこわばる。こんなふうに助けを求める言葉を吐き出していいのだろうか。一国を預かるものとしてこんなふうに伸ばされた手を簡単に掴んでもいいのだろうか。
わからない。
けれど。
「……助けて、くれるのか……?」
「はい。あなたがそう望むのなら」
「本当にか…?」
「はい。あなたがそう声に出してくれるのなら」
「…お前は、みっともないと思わないのか? 俺は、お前に無礼をした挙句、無様に助けを乞おうというのに……」
「いいえ。全く、これっぽっちも思いません。助けを求めることに何が悪いというのですか? それは国を治める立場にいる人であれ、一人で全てをなんでもこなすことなどできないんです。人は、手を取り合って、切磋琢磨しながら協力して生きていかなければならないのですから」
「……初めて、そんな言葉を聞く」
「そうでしょうか? あなたは、多少違えど私がいったことを既に実行していたのに?」
「……?」
「言ったでしょう? 切磋琢磨しながら協力しないといけないと。あなたは、自分の国民を強くしてきたじゃないですか」
珠璃の言葉に、夏桜はポカンとほうける。確かに、強さを求めていた自分は強くなるために色々と手を尽くしてきた。国民の全員をというわけではないにしろ、少なくとも、全員が与えられる機会を享受できるように。
強さの同じもの同士で戦わせることもあったがそれを見学させることも強くなるための道だといい、己が弱いと思っているものを連れて色々と見て回った。
けれど、それを理解されることは多くなかった。弱者と位置付けられたものはほとんどが諦めていた。強者と位置付けられたものに、勝つことはできないのだと。けれど、戦闘力の強さばかりが基準ではないと考えていたのだ。だからこその行動だったのに、自分についてきてくれたものたちは、【朱雀】という絶対的な存在に逆らえないからこそついてきているのだということも、夏桜は少なくとも理解もしていた。
意識を変えたかった。けれど、変えられなかった。
その原因が、自分にあったのだと自覚させられて。愕然として。けれど、それでもなお、愚かな自分に手を伸ばそうとするその存在を、夏桜は眩しく感じて。
「……お前は、理解を示してくれるのだな、珠璃」
「私が理解を示すことができるのは、特殊な立場にいるからです」
「それでも、それが嬉しいことなのだと、今知った」
「共感を得るのは難しいです。楽しさや嬉しさを共有することは簡単にできるのに、痛みや苦しさを共有することはなかなかできません。寄り添って、話を聞いても、その痛みや苦しさを完全にわかってあげることはできないんです。だからこそ、叫ばなければいけません。“自力でなんとかしろ”と」
「!」
「他人に依存するのは、期待しているからです。けれど、その裏には自己満足も存在します。あの人に任せておけば大丈夫、あの人がやってくれるから心配はいらない。そうやって、他人に全ての責任を押し付けるんです。でも、その期待を裏切られた時、人はすぐに手のひらをひっくり返します。やっぱりあいつではダメだったのだ。期待はずれだったと」
「……お前、」
「それでも、あなたはそれを乗り越える心の強さがあるのだと、私は思います。……だって、あんなにも神使様たちに、信頼を寄せられているんですから」
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