第85話
驚いて駆け寄って、珠璃は春嘉に手を伸ばしたけれど、それを途中で止める。触れていいのかということを迷ったのではない。違和感を覚えたのだ。
これは……。
『誰にやられたの、青龍』
真剣な声音でそう言ったのは珠璃の肩に乗っていた小鳥だった。けれど、春嘉は腹部が痛むのか声を出すことをしない。その様子を見て、珠璃が再び手を伸ばす。けれど、それを小鳥が止める。珠璃が何をしようとしたのか理解したのだろう。だからこそ止めた。珠璃がそれをしてしまえば、珠璃は隠し事ができなくなってしまうから。
『青龍、今から君の傷を癒す』
「……っ、な、……を……」
小さな声が聞こえてくる。けれど小鳥はそれを無視する。寝台の上に横たわっている春嘉に、小鳥がちょんちょん、と近づいていく。
『今から君は不可思議なものをみる。けれど、それは他言無用だよ』
そういった小鳥はその場で小鳥の姿から子供の姿に戻る。
「……小鳥さん……?」
『ごめんね、珠璃』
「……それは、気にしていないけれど……」
どうしてあなたがそこまでしてくれるのと。聞きたいけれど聞けない。今この場には春嘉がいるから。意識が朦朧としているとは言え、下手なことを言ってしまえば春嘉は記憶してしまうだろう。だからこそ、言葉が続かない。
そんな珠璃の気持ちを理解しているため、小鳥はニコッと笑顔を作った。
『青龍=春嘉。君を助けるよ』
そういって、小鳥は春嘉の傷口に手をかざす。光が凝縮され、粒子に霧散し、その粒子が春嘉の傷に吸い込まれるように消えていく。
気づけば、腹部の傷が消えなくなっていた。
春嘉が驚いて体を起こす。痛みはない。違和感もない。体にまとわりついていたような嫌な感覚も無くなっている。自分の手を何度か開いて閉じてを繰り返し、体の動きを確認する。
「……これは、どういう……、君は、一体……なんなんだ……?」
『他言無用、だからね、青龍=春嘉』
そう改めて念押しした後、小鳥は少年の姿からまた小鳥の姿に戻り、珠璃の肩にとまる。それを目を見開いて見ているしかできなかった春嘉だったが、すぐに意識を切り替える。今は気にしても仕方のないことなのだ。質問している時間でもない。問い詰めている場合でもない。
すぐに体を起こし、部屋から出ようと体を動かすけれど、外から人の気配を感じ足がとまる。すぐに珠璃の安全を確保しようと自身の力の展開をしようとしたけれど、現れたのは朱雀であったためホッと息を吐き出した。
「青龍、お前、なんで……っ!?」
「今はそれを話している場合ではない。どうなんだ」
「……制御を失った国というのは、こうやって滅びていくんだと痛感している」
「お前が再び掌握すればいいだろう」
「それができるのならやっている……」
自信をな失くした朱雀の声に、相当深刻なことになっていると理解できる。珠璃が動いた。
「それは、あの試合であなたが負けたから?」
「……珠璃」
「答えて」
「……そうだ。ここは四神・朱雀の治める国。武力で全てを測ってきた国だ。その頂点に君臨していたものが他所から来たものに……それも女に負けるなど、耐えられなかったということだ」
「……なるほど」
「……俺が、招いた結果だ」
「だから?」
「……何……?」
意気消沈し、項垂れている朱雀の……夏桜の言葉に、珠璃は即座に返答した。その珠璃の返答の速さに、夏桜は戸惑った。
「だからどうしたの? ここは、【力】で全てを解決してきた場所なのでしょう? なら、悩むことなんて何もないと思うけれど」
「……何が言いたい?」
「あなたの力を全面に出せばいい。圧倒的な武力で押さえつければいい。だって、反乱を起こしているのはただの【人】でしょう? あなたとは何もかもが違うわ」
「……自分が、何をいっているのかわかっているのか、珠璃」
「わかってるに決まってる。その上で、一つの提案をしているの」
珠璃の言葉に、視線に、態度に。夏桜は言葉を詰まらせる。確かに、今の現状で鎮圧させるには何が一番効果的なのか。理解できないはずがない。代々の【朱雀】から受け継いだ国の在り方だ。何が一番効果的なのか、どうすれば服従させることができるのか。そんなことは、この場にいる誰よりも【朱雀】として活動を続けてきた夏桜が理解している。
それでも気持ちが揺れるのは――。
「……珠璃、わかっていて聞くのは、少し意地悪がすぎますよ」
「……春嘉さん」
「元々、朱雀である彼が頂点に立ったのも今までの【朱雀】とは違う統治の形を実現させるためです。その彼の意見に賛同できたからこそ、神使様たちは同意し、彼に【朱雀】の称号を授けたのです」
「それでも、最終的に決めなければならないのは【朱雀】である夏桜さんです。その地位についたからこその責任を取らなければいけません。逃げるだけでは解決しないことです」
「それは確かにそうだと思います。ですが、あまり急かしてもいいことは何もないのでは?」
「…………春嘉さんは、やっぱり優しすぎるぐらい、優しい人ですね」
だからこそ、私は……。
そこまで考えて首を左右に振る。いけない。流されては。これ以上踏み入れさせてはいけない。自分が苦しくなるだけで、自分が辛くなるだけで。
いいことなど何もない。
だからこそ、一線を引く必要がある。
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