第84話
珠璃は、自分に興味がなさすぎるのだ。
ずっと、自分のことなどどうでもいいと思っている節がある。いや、そう思っているのだ。
それを助けることがまだできない。小鳥はそこまでまだ珠璃に許されていないのだ。
『……珠璃、ボクは絶対に裏切らないからね……』
そう呟いて、小さな体で彼女をぎゅっと抱きしめることしか、小鳥には出来なかった。
◯
ふっと意識が浮上したことを自覚して、珠璃は体を起こした。
すっかりと日が暮れてもう真っ暗である。
「小鳥さん、ごめん……っ!」
『ボクは気にしてないから大丈夫だよ!』
「そろそろ戻らないとだね……」
『戻りたくない?』
「……まぁ、あんまり戻りたくはないかな……けど、紋章だけはもらわないといけないから……」
『だよねぇ……あ、ねぇ珠璃』
「ん?」
『朱雀に紋章をもらう時は十分に注意してね』
「? なんで?」
『危険だから。とっても危険だから』
「春嘉さんの時と同じように腕にするんじゃないの?」
『いや、紋章を与える場所は本人に一任されてるんだ。それを与えられた場所によって四神と珠璃の関係性が確立されていっちゃうんだよね……』
「……? よく分からないわ。口付けてもらうところに何か意味があるってこと?」
『……………わからないなら、分からないままでいて欲しいかな……。けど、春嘉の時はしょうがないしあいつは常識人だから見逃したけど、朱雀はダメ! 絶対に油断しないこと! いい!?』
「う、うん……私としてはもらえればそれでいいからあんまり気にしないけど……」
『無自覚なのが怖いな……っ!! とにかく! 十分に気をつけて!!』
「わ、わかったわ……?」
そう言いながらも首を傾げている珠璃には小鳥は不安を覚えながらもぽんっ、と可愛らしい音を立てていつもの小鳥に戻る。そのままパタパタと羽ばたいて珠璃の肩にちょこん、と乗っかった。
そのまま二人は裏路地から出て通りを歩く。
「……実はね、少し羨ましいんだ。朱雀が」
『……え? あの脳筋が羨ましいの? どこが? だめだよちゃんと考えないと』
「ひどいいいようだね。でも、羨ましいのは変わらないから」
『どこが羨ましいのか全く分からないっ!』
小鳥の叫びに、珠璃は少しだけ笑う。
「羨ましいよ。春嘉さんもそうだったけれど、あの人たちは二人とも人に慕われる才能を持っているからね」
『……?』
「国って、簡単に収められるものじゃ無いと思うの。頂点に立つ人には責任がのしかかってきて、しかもさまざまな人と交流しなければいけない。その中には、絶対に合わない存在だっているはずなのに、彼らは特になんの問題もなく国を治めているから」
『四神とは、そういう存在だからだよ?』
「……そっか、私の認識と、ここに人たちの認識は決定的に違うものがあるのね……なるほど……」
『珠璃?』
「うん、気にしないで。さて、早めに戻ろうか」
そういって、珠璃は少し早足になる。戻って、言い訳をして、何食わぬ顔で朱雀に紋章をもらわなければ。春嘉とギクシャクしてしまった関係も、見て見ぬふりをしなければ。これ以上、隙を見せてはいけない。心を許そうとしてはいけない。自分の殻に閉じこもって、自らでこじ開けることができる日まで、秘密を守り通さなければ。
それが、今の珠璃にできる精一杯のことだから。
◯
幸い、へんな輩に絡まれることなく目的地に辿り着いた珠璃は辺りを見回しながら屋敷の中へと入っていく。さっさと朱雀と会って紋章をもらい、この国を去ろう。ここにいても朱雀の感に触るかもしれないし、紋章さえもらえれば珠璃とてこの場所に居座る理由は何もない。今回は前回と違い、怪我をすることもなく無事にこと無きを終えることができたのだから。
お互いに顔を合わせるのだって気まずいだろう。
そうおもいながらテクテクと歩き続けたが、やけに人の気配がなさすぎる。
なんで? と疑問に思いながら珠璃は普通の歩行を慎重なものにかえる。シンとした屋敷内を歩いて行き、珠璃はとりあえず、自分が借りている部屋の前にたどり着く。手を伸ばして扉を開けようとした瞬間、中からのとんでもない殺気に珠璃はすぐさまに反応し距離を取る。と同時に扉が大破されるのを見て珠璃は久しぶりにゾッとする。あのまま扉に前にいたら確実にあの攻撃を受けていたに違いない。それを正面から受けて軽傷で済むはずがないとわかっているからこそ、珠璃は背中にや汗が伝ったのがよくわかった。
体が震えないようにグッと力を入れながら大破された扉を見ていると人の気配を感じる。
「……いいかげん、諦め…………。…………珠璃?」
低く、唸るような声音に、それでも珠璃はあ、と気づく。緊張でこわばっていたからだから力がふっと抜けた。
「……朱雀……」
「お前、今までどこに……っ、いや、無事で何よりだ」
「無事? なんのこと?」
「……悪いが、部屋の中にいてくれ」
「……もしかして、あなた、」
「とりあえず、入ってくれ。青龍を頼む」
朱雀がそういって、珠璃の横を通り過ぎる。まるで、戦場に出たかのような警戒ぶりだ。事態の緊急を理解した珠璃は朱雀に言われた通り部屋の中に入って、そして驚愕した。
「春嘉さんっ!?」
そこには、腹部の衣を血に染め上げた春嘉が、横たわっていた。
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