第83話
すでに、空は夕焼け色に染まっている。
早めに帰らないと心配されるだろうとわかっていても、もうあの視線に晒されるのは疲れてしまった珠璃は、完全に夜になるまでは動く気が全くなかった。
珠璃のその気持ちを理解した小鳥は一度珠璃から離れる。あ、と寂しげな表情をしたことに彼女自信は気づいていない。小鳥は珠璃の目の前でそのまま光に包まれて姿を変えた。
久しぶりにみる、小鳥の人型。
『小鳥の姿のままだと、珠璃を守れないからね!』
「……私が、守ってあげるのに」
『むっ、ボクだって珠璃を守る事はできるよ!』
「……うん、嬉しい」
グッと拳を握り込んでそういった小鳥に珠璃は小さく笑みを漏らす。そんな珠璃を見て小鳥も笑み浮かべてそのままテテっと珠璃に近づき、その隣にとてんと腰を下ろす。
「……小鳥さんは、最初から知ってた?」
『うん。ボクの主人がそう言っていたから』
「そっか……」
『でも、ボクは珠璃がいないと生まれていない存在なんだ』
「え?」
『ボクは珠璃の力を制御するための存在だから。珠璃が自分の力を発現させたくないって気持ちが大きかったから生まれた存在なんだよ』
「…そう、なんだ……」
『うん。だから初めて会った時からボクは珠璃のことが大好きだし、珠璃を裏切る事はないんだよ。ボクは、言うなれば珠璃の力の根源だから』
「……私が、力の解放を望んだら、小鳥さんはどうなっちゃうの?」
『うーん……よくわからない。なんともいえないね……。珠璃にそのまま力を返すことになるから存在を保つことができなくなるかもしれないし、ちゃんとこの世に生まれたものとして存在できるかもしれない。その時にならないとわからないんだ』
「……小鳥さんは、嫌じゃないの?」
『なにが?』
「私の勝手で生まれて、私の勝手で存在が消されるかもしれない、そんな、不安定な現状に」
『全然。ボクは、最初から最期まで。珠璃のそばにいることができることが嬉しいよ』
「……私の勝手で、死んでしまうかもしれないのに?」
『うーん……ボクは、死ぬとか、消える、とか。そんなふうに思っていないんだ』
「?」
『そもそもが珠璃の力だから。もし珠璃が“欲しい”と願えばボクは珠璃の中に
なるほど、と納得をする。
珠璃の勝手でこの世に突然産み落とされたのに、珠璃の勝手でこの世から勝手に消されるかもしれないのに、なんて懐が深いのだろうと思う。隣に座ってくれている少年をじっと見つめて、そのままもたれかかるようにしなだれる。
暖かい。
そう思いながら、それでも自分がこの存在を勝手にできてしまえるという事実を自覚して、胸の奥が重たくなる。
ずっと、平和に暮らしていたかった。ずっと。
それなのに、それを許してくれないらしい【運命】が憎くて仕方がない。
「……ごめんね、小鳥さん。ありがとう……」
呟いて、珠璃はそのまま眠りに落ちてしまった。
◯
痛みを、苦しみを、辛さを、悲しさを。
必死に取り繕って隠している彼女が。なんでも平気そうにしている彼女が。こんなふうに、弱さを見せてくれたことに。【彼】は嬉しさよりも、虚しさを覚えた。
きっと、自分の存在が力の根源と言わなければ、彼女はこのように弱さを見せてくれる事はなかっただろう。ずっとなんでも一人で抱え込んで、一人で耐え苦しんでいたはずだ。
そう、珠璃は【彼】に甘えたわけではない。彼が【自分】とわかったから弱さを曝け出したのだ。
つまり、珠璃は、【自分】にしか甘えられないのだ。
周りを信用していないわけではない。疑っているわけではない。けれど、それでもできなかったのだ。
(……やっぱり、突然全てを失ってしまうのが怖いから……?)
手を伸ばして彼女の柔らかな焦茶の髪に触れる。ふわっとした感触。サラリと溢れる感触。
(すっかり、夜になっちゃったなぁ……)
春嘉が心配しているだろう。彼は、珠璃に近づこうとした輩を徹底的に追い出し、珠璃をずっと守っていた。
もちろん、武力で挑んできただけならば、流石の春嘉もあそこまで無茶な事はしていなかったが、さすが人間である。汚すことができれば彼女を貶めることができると勘違いしている輩の多いことと言ったらない。もし春嘉がそれに気づくことができなければ(そんな事はまずあり得ないだろうが)、小鳥が力の展開をして珠璃を守っていただろう。しかしそのせいでまた珠璃に何かを言われたりされたりという心配事もあったため春嘉の行動はとてもありがたかった。
(……君が、成人していることなんて、ずっと昔から知っていたよ)
見た目が幼いために成人に見られないことを気にしていたけれど、逆にそのおかげで今まで無事だったこともある。
それが結婚という無駄な儀式だ。
女が一人、寂れた場所で暮らしていればそれを救うべく、という建前で彼女を自分のモノにすることを考える輩はたくさんいただろう。まだ成人していないから、大人になったら確実に美しくなるとわかっていたから。だからこそ放置されていたのだ。
珠璃自身は自覚していないのか、自分は平凡だ、というがそんな事は決してない。
確かに、そこらへんでよくみる焦茶の髪に焦茶の瞳だが、顔自体はとても整っているのだ。平凡とは言い難いほどに。一応平凡に見られるのはその髪のせいであるが、正面から彼女を見たら平凡と言える人間は少ないだろう。
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