第82話

『外に出るの?』


「……うん」


『でも、ボクはやめておいた方がいいと思う。珠璃、危ないよ』


「……知ってる」


『珠璃……まだ、朱雀が完全に統治できてないんだ』


「……でも、逆にいえば……不満を燻らせている人たちの相手をすればいいってことだから」


『それで珠璃が怪我をしたらどうするのっ?』


「それはそれだよ。仕方のないこと。不満を抱かない人なんてこの世に存在しないんだもの。その不満が、いろいろあるってだけで」



 そう言いながら、珠璃は歩いていく。一歩外に出れば、以前と変わらない賑やかさがあり、活気に満ちているのがよくわかる。


 けれど、以前と違うのは珠璃が歩いているその姿を見ると、ざわめきがなくなるということだ。


 自覚させられるのは、【朱雀】としてこの国に君臨してきた彼は、ちゃんと慕われていたということ。そうでなければ自分にこれほどまでに敵意を向けることなどなかっただろう。自分たちの頂点がこんな小娘に負かされたのだ。納得できないものの方が大半だろう。


 それでも。


 珠璃には勝たなければならない理由があった。勝ちを譲ることなどできなかった。だからこそ、全力で挑んだ。珠璃の全てを注ぎ込んで。


 それなのに。



「……認めてもらうのって、すごく大変なことなんだよね」



 その呟きに、小鳥は何も言わない。言えない。この状況で、珠璃も認めてもらえるよ、などと軽い言葉を言うこともできない。小鳥が珠璃のことを好きだと言っても、きっと今の珠璃には届かない。もどかしさが襲ってくる。


 露店が並ぶ道をテクテクと歩いていても、誰も声をかけてこない。春嘉と共に歩いていた時は呼び込みのためとは言え声をかけてくる人がいっぱいいたのに。


 ああ、と思い知る。



(やっぱり、私は馴染めないんだ……)



 無意識に、片手が胸元に導かれる。痛みを訴えてくるその場所を、上から握り込む。服に皺が寄る。その皺のよりかたが悠然に物語っている。


 ――今、彼女がどれほどの痛みを感じているのかということを。



「……小鳥さんが、私についてきてくれているのは……」



 言葉が途切れる。けれど、聞かなければならないこと。



「……私の、【本来の力】の抑止をするため……?」


『……』



 答えない。けれど、沈黙は肯定なのだ。そっか、と珠璃がつぶやく。


 小鳥は怖かった。その事実を知った珠璃が、自分を突き放してしまうのではないかと思っていたから。


 けれど。



「いつまでも、一緒にいて。私の力が表に出てこないように。私がその力を使わないように。私の人生がかかってる。私の生き死にがかかってる。だから、お願い。小鳥さん。ずっと私のそばにいて。ずっと、私を守って……」



 切実なその声に、その言葉に、小鳥は驚いた。驚愕した。一瞬だけ固まって、すぐにこくこくと頷きを返す。その様子を見て、珠璃は、本当に。心の底から。安堵の表情を見せたのだ。


 だからこそ、小鳥は思ったのだ。


 この子を守らなければならないと。こんな過酷な運命に巻き込まれてしまったこの子を、絶対に守らないといけないと。



『ボクは、珠璃を裏切らないよ。珠璃を守ってみせる。たとえ、珠璃がボクに残酷なことを願うことになっても、ボクはそれを拒絶しないから。だから安心して、珠璃』


「……うん……、うん、ありがとう、小鳥さん……大好き……」



 肩に乗っている小鳥に頬を擦り寄せる。それに応えるように小鳥も体をのびっと伸ばして珠璃の頬に擦り寄る。


 今、珠璃が心から安心できるのは自分だけなのだと、小鳥は思い知らされたのだった。





 人の視線から逃げるようにしているのは、久しぶりの事だった。引っ込み思案で、話も上手くなくて、暗い。それが他人から見た時の印象だったから。


 それでも、いつでも味方になってくれる存在がいたのだ。こんなどうしようもない性格で、もごもごと口籠もってしまうような人間だったのに、それでも驚くほどの愛情を注ぎ込んでくれていた。大切なんだと理解させてくれる抱擁だってあった。私が笑えない分、いつでも輝かしいほどの笑顔を見せてくれて、一緒に笑うことができた。


 だからこそ、次第に明るさを取り戻すことができた。笑っていることができるようになった。


 手を伸ばせば握り返してくれると知っていたから。


 笑いかければ、同じように笑顔を返してくれると知ってたから。


 甘えれば、抱きしめてくれると知っていたから。


 それなのに。


 突然それを奪われた人間は、どうすればいいと思う――?





 ジロジロとみられることに疲れた珠璃は露店の並ぶ道から外れた小道に入り込んでいく。特に治安が悪そうな場所でもなかったため、人の視線を避けるためにしばらくはそこに座り込もうと決めて奥まった場所まで歩いていきそのまま座り込んだ。


 きている服が汚れてしまうけれど、自分で洗えば特に問題はないだろうと判断する。伊達に一人で生きてはいないのだ。


 ため息をついて膝を抱える。



『珠璃……』


「ごめん……疲れちゃった……」


『うん……』



 考える事はたくさんある。やらなければならないことも。


 とにかく、朱雀である夏桜にもう一度会って紋章をもらわなければならない。それをもらわなければ、次に行く事はできない。せっかく彼との賭けに勝ったのだから、それが無効になってしまわないうちに貰っておかないといけない。


 流石に約束を破る人とは思っていないが、周りが黙っていないのも理解している。

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