第81話

そんな春嘉を見つめながら、珠璃は言葉を続ける。



「あなたが怒っている理由がなんであれ、一番あの人に対して怒らなければならない私は気にしていません。結婚をするつもりもさらさらなかったですし、勝つ自信はありました。まあ、色々手を使ってという条件はありましたけど。だから、あなたが・・・・そんなにも怒りを覚える必要はどこにもないんです」



 春嘉がピクリと反応する。自覚したのだ。珠璃が自分を少し突き放したと。壊せそうで壊せない、薄くて、それなのに頑丈な壁を作り上げたのだと。


 それは、小鳥も夏桜も気づいた。


 だからこそ夏桜は納得がいった。いつか感じた珠璃の“生”に対する希薄な態度。春嘉はそれが納得いかないのだ。それを認めたくないのだ。その意識を珠璃から取り除きたいのだ。


 珠璃は怒らない。そう、感情を大きくぶつけない。本気で相手を相手にしない・・・・・・


 だからこそ焦っているのだ。同じ気持ちを持つものとして。少しでも珠璃の中に入りたい気持ちもわかるため、夏桜は目の前の光景に口を挟むことができない。



「……出過ぎた真似だった事は認めましょう。あなたに代わって勝手に怒りを覚えているなどという綺麗事を言うつもりは元々ありませんでしたし」


「春嘉さん」


「ですが、この怒りがあなたのためだけだと何故決めつけるのです? わたしが彼に怒ってはならない理由は? あなたのためにという大義名分を取っ払って考えてください。わたしは、わたしのために彼に対して怒りを覚えていると」


「……それは」


「珠璃、あなたはわたしが感じた苛立ちさえも封じるのですか?」



 今度は珠璃が黙る。もちろん、珠璃自身も自分のために、などという乙女的な考えを持っていたわけではない。少なくとも今回は自分が怒ることをしない、そのかわりをしてくれたのだろうという予想を持っていただけで。けれど、その中に春嘉の感情を見出すことをできていなかった。


 いつも自分のために考えて行動してくれていると、自惚れていたのだろう。


 急に、恥ずかしくなった。



「……っ、私は、ただ……っ!!」


「あなたが周りに興味を持っていればわかった事でしょう。あなたが自分のことを少しでも考えていればわかった事でしょう。わからなかったのは、それだけあなたがあなた自身に興味がないという裏返しでもあるんです」


「……っ」



 怒っている。そう、春嘉は元々怒っていた。夏桜に。そして珠璃に。


 珠璃は何もいえなくなる。


 けれど、心の中で反論もしてしまう。


 自分に興味を持てない事の何がけないのかと。元々、この旅に連れて来られる前から、私は全てを壊されているのに・・・・・・・・・・・


 ゆらっと、揺れる。それに反応したのは小鳥だった。パッと顔を上げて珠璃を見つめ、慌てる。



『珠璃!』



 強めの声。強めの呼びかけ。小鳥の呼びかけに珠璃ははっとする。しんとしたその場で、珠璃は大きく深呼吸を繰り返す。


 珠璃の気持ちを和らげるかのように小鳥が珠璃の肩に止まり、首元に体を擦り寄せている。もふもふの羽毛が当たり少しだけ気持ちが凪いでいく。



「……失礼します」



 これ以上ここにいてはいけないと本能的に悟った珠璃はそう一言だけ言って体を動かす。向かう先はただ一つ。


 神使が集まっているあの部屋に行けば、この高ぶりも落ち着きを取り戻せるかもしれない。



『珠璃、大丈夫?』


「……分からない……」


『……ボクには、無理しないでとしかいえないんだ……』


「うん……それは、分かってる。知ってる」


『珠璃が傷つくところを見たくないんだ』


「それも……ちゃんと理解はしているよ」


『それでも、珠璃は自分を犠牲にするしかないと思ってるんだね……』


「そう、かもしない。私は……私を育ててくれた人たちの言葉が全てだから。私に教えてくれたことは全部全部本当のことで、自分の身を守るための術を教えてくれたのもあの人ただから……あの人たちが望んだことを……あの人たちが予想して教えてくれたことを成し遂げたいの……」


『珠璃……』


「不安で、仕方がないの」



 いつもいつも。不安で仕方がない。


 本来ここにいてはいけないはずの自分がここに存在していることが。不安で仕方がない。


 どうしてもそれを拭うことができなくて、いつも不安定な足場に立って、落ちないように神経を張り巡らせている。


 立ち止まる。このまま本当に、神使たちに泣きついてもいいのだろうかと。そう考えてしまった。痛みを、苦しみを、簡単に吐き出してしまっていいのだろうか。それは、いつも一緒にいてくれる小鳥にさせてもらっている行動で、これ以上、珠璃の痛みや苦しみを周りにわかってもらう必要など、どこにもないのではないだろうか。


 ふらっと、体が向きを変える。



『珠璃?』



 肩に乗っている小鳥が不思議そうに声をかけてくれたけれど、それに応えることなく、珠璃は歩いて行く。


 向かった先は、外へと繋がる扉だった。

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