第80話
「そういえば、私も朱雀に謝らないといけないな……」
「なぜ珠璃が謝る必要があるのですか?」
珠璃の呟きに春嘉の周りの温度が一気に下がったような気がするのは、きっと気のせい、と思いながら珠璃は「えっと…」と口籠りながらも言葉にしていく。
「……神使様の力を使った試合だったので……規約的には違反にはならないですけど、そもそもそんな特別な能力がある人が参加することが前提の試合ではないですから……私がズルをしたことには変わりありませんし……」
「いえ。正当な試合でしたよ。そもそも、朱雀という存在が試合に出た時点で特殊能力の使用禁止というのは矛盾していますからね。朱雀の存在自体が特別なのですから。それに、あの男はあなたを完全に潰して己の望みを叶えようとしていました。その時点で、すでにあの試合で正当性が失われていましたからね」
「……そう、なんですか?」
「あなたもご存知の通り、わたしも青龍の能力として、植物に働きかける力を持っています」
「ああ、【東春国】で見せて下さった力ですね」
「そうです。そして朱雀も同じように能力を持っていて、彼は炎を操る力を持っています」
「……でも、あの試合では使っていなかったですよね?」
「それを使わなくても、あなたを敗北させる自信だけはあったのでしょう。結果は惨敗でしたけど」
言葉の端々に棘があるのはきっと気のせいではないだろう。なるほど。青龍である春嘉と朱雀である夏桜が相容れないのは能力の関係もあるのかもしれないと思いながら珠璃は手に持ったお茶をもう一口飲む。同じようにお茶を飲む春嘉を見つめながらなんでこんなにもまったりと過ごしているのだろうと思いつつ、それでもこんなにものんびりとした時間はなかなか訪れないことを知っているため、珠璃はその時間を満喫しようとした。
が。
「おい青龍!! お前……」
ばんっ、と扉を思い切りよく開け放った人物が現れたことにより、珠璃のそのまったり時間は無に帰した。
しかし春嘉は特に気にすることなくお茶をもう一口口に含み、そのままことん、と机の上に戻してからニコッと満面の笑みで夏桜を迎えた。
「相変わらずの騒がしさですね、朱雀。何が気に入らないのかと言われれば全てが気に入りませんが、それは横に置いておくとしましょう」
春嘉が怖いことを言っている、と春嘉のすぐ隣に座っている珠璃が少し体を強張らせながら居たたまらなさを誤魔化すためにお茶を啜る。
「珠璃がなんでここに……」
「私の判断で私の部屋に来ていただいてます。何が言いたいのかはもうわかりますよね?」
「……お前……」
「あなたは優秀だ。それは認めましょう。ですが、あなただけが優秀では意味がない」
その言葉に、夏桜が言葉に詰まる。
「あなたが治めているこの国は平和でしょう。武力で上下が完全に決まる国だ。強い力を持つものが正しい力の使い方を知っていれば大きな混乱もなく、下は従う」
春嘉の言葉に夏桜は何も言わない。珠璃も何かを言える雰囲気ではないため、ただ黙ってお茶を飲んでいる。ひょこりと小鳥が近づいていたため優しく撫でながら二人を見守る。
「ただし、その弱点はあなたが常に冷静で居なければらないということ。あなたが常に頂点に君臨していなければならないということです。【朱雀】という称号を持つあなたが国や民に慕われれば慕われるほど、あなたが負けた時の危うさは今回見た通りでしょう」
「……」
「一瞬冷静さを欠いただけで、あなたの民は混乱し、困惑し、そして敗北の原因を排除しようとした」
「そ、れは……っ!」
「あなたが望まなかったことではあるでしょう。ええ、少なくともあなたはそうでしょうね。一応は結婚を申し込んでいるのですから。ですが、その事実は知れ渡っていなかった。では、質問です。あなたはなぜ、珠璃を妻に迎える予定であることを事前に民に伝えなかったのですか」
しん、とその場が凍りつく。夏桜が静かに怒っている。けれど、春嘉の怒りはそれ以上で、感情があらわにならないようにと抑え込んでいる。
四神の一角である二人がそんなことになってしまい、珠璃はただ困惑することしかできない。
小鳥も何もいうことなくただ黙っている。
「……あの……」
思わずそう声をあげれば、春嘉が先に反応し珠璃の方に振り向いた。その速さに少し驚きながら、珠璃は思っていることを声に出す。
「朱雀が発表をしよとすれば、私は止めてたと思いますよ、春嘉さん」
「そうであっても、我々四神の婚姻というのは重大なことなんです。個人の思いだけで簡単に成就するものではありません」
「……だとしても、その……もともと私は結婚するつもりなんかないと宣言してましたし……そういうのも慮って朱雀が配慮してくれたのでは?」
そう言った瞬間、春嘉はふっと小さく笑みを溢した。それは明らかに相手を馬鹿にするような笑みで。
「そのような配慮ができる人だとは思いませんでした」
挑発。そう、明らかに挑発している。春嘉はこういう人だっただろうかと思わず疑問に思ってしまう。珠璃は春嘉をじっと見て手を伸ばす。春嘉はそんな珠璃の行動をただじっと見つめている。
春嘉に伸ばした手で、珠璃はそのまま春嘉の額をぺちりと叩いた。
そんな珠璃の行動に、春嘉が目を見開く。
「……何をそんなにもイラついているのですか? 春嘉さん」
「……」
「あなたが私のことを気にかけてくれているのは知っています。とてもありがたいとも思ってます。でも、たったそれだけの理由で相手を責めるのは間違っているとも思います」
珠璃の言葉に春嘉は何も言わない。
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