第89話

珠璃の言っていることはよくわかる。けれど、このままここを任せてもいいんだろうかという疑問が胸を掠めるのだ。


 協力してくれるとは言っていたが、こんなことに巻き込んでいいのだろうかと。自分で撒いてしまった種だ。それを珠璃や春嘉に押しつけるようなことをしてもいいのかと。


 と。



「言いましたよね? あなたを助けますと。どのみち、夏桜でなければ頭を叩いても意味がありません。あなたがこの国の支配者であるということを知らしめなければなりませんから。あなたは、あなたがしなければならいことに集中してください。私たちは、あなたがしなければならないことに集中できるよう、手助けをするために、ここにいるんです」


「!」



 その言葉に、夏桜がハッとする。


 珠璃を、春嘉を見れば、ふっと笑った。



「大丈夫です。私の強さは経験済みでしょう? 絶対に負けません。絶対に屈しません。……それに、ここにいる女性を救うには、同じ女である私が示していかなければなりませんから」



 強い意志を秘めたその瞳に、夏桜はしばらく見入る。そして、頷いた。


 夏桜のその反応に、珠璃は満足したように笑みを柔らかく浮かべる。そして、夏桜は神使たちと共に城に向かい、珠璃たちに背中を向ける。春嘉はその背中を見送ってから珠璃を見つめる。強い意志。絶対に引かないという意思が宿った瞳。


 彼女は、同じ女として許せないのだろう。一人、中の国の端っこで過ごしていた珠璃だからこそ、思うこともあるのだろう。


 春嘉にできることは、珠璃の手助けをすること。ここで春嘉が前に出て仕舞えば、結局この男尊女卑の状況を覆すことはできない。



「……よし、行きましょうか」



 好戦的な色を湛えた瞳は、強い意志を持ち、それなのに冷静で。春嘉は珠璃のそんな様子に苦笑を漏らすことしかできなかった。


 珠璃はとにかく目に映った光景を解決するべく、駆け出した。男が女性に暴力を振るっているのだ。背中を丸めてそれに耐えている女性の下にはまだ小さな子供がいる。だからこそ、その暴力を我慢している。そんなの、おかしいに決まっている……!


 近くにあった鉄の棒を手に取り、それを振り下ろそうとしたのをみて、珠璃は速度を早める。そして、思いきり、その男の頬をぐーで殴りつけた。



「ぐあっ!?」



 叫んで吹っ飛んだその男を見ながら、珠璃はすぐさまに女性に駆け寄る。



「大丈夫ですか!?」


「あ……」


「……無理なさらないでください。私の仲間が、あなたを守ります。もちろん、私も」


「……」


 瞳に涙をいっぱいに溜めている彼女を見て、珠璃は胸が痛くなる。いつだって、淘汰されるのは弱者であると決めつけられた女性。そして子供。もちろん、女性だから偉いと思っているわけではない。けれど、少なくとも平等であることではあると考える。同じように命を授かり、生きているのだから。



「てめぇっ! ふざけたことすんじゃねーよ!!」


「……ふざけたことをしたるのは、あんたの方よ」


「女のくせに! 俺に逆らう気か!?」


「……女のくせに、ねぇ……? じゃあ、その女に負けたら、一生物の恥なわけだ?」


「はぁ? 何言ってんだてめぇ……大人しく殴られてろよ!!」



 ぶん、と拳を振りかぶってきた男の見て、珠璃はそのまま素手で、男のその拳を受け止めた。



「なっ!?」


「あんまり、舐めないでくれる?」



 そう言って、珠璃は男の手を取り、ぶん投げる。ガシャーン! と物が壊れる音が響き渡り、周りが何事かと視線をむけてくる。それは、男女ともに。



「女が男のものとか、女だから男よりも下だとか。そんな古い考えは捨ててくれない? 女だって、あんたたち男と同じように生きてるし」


「弱者が何言ってやがる!」


「弱者……じゃあ、今私に投げ飛ばされたあんたは弱者じゃないの?」


「ぐっ……」


「弱者だとか、強者だとか。そんな物差しで測ることのできない基準で、なんで弱者と強者を決められるわけ? 事実、私に投げ飛ばされた男だっているのに」


「この女……っ!」


「ええ、女よ。でもね。私たち女はあんたたち男の奴隷じゃない。持ち物でもない。あんたたちに好き勝手弄ばれる存在でもない! ちゃんとした意志を持ってる! 考えも持ってる! 弱いだなんて、簡単に決めつけないで!!」



 叫ぶ。心の底から。


 弱者だから淘汰される。権力を持った偉い人間に逆らうことのできなかった自分に、腹が立つ。与えられた義務を果たさないと、自分の本当の願いを口にすることすら許されないこの状況に、腹が立つ。


 重なるのだ。今ここにいる女性たちと、自分の状況が。逆らっても逆らっても、いつまでも水面に浮上することのできないもがきが、足掻きが、精神を蝕んでいくその状況まで。


 でも、諦めたくない。諦めて欲しくない。諦めてしまったら、後は濁流に流されてしまうだけになってしまうから。そんな人生、懲り懲りだ。


 だからこそ、歯向かう。抗う。自分を自分として保つために。


 次々に襲いかかってくる男の攻撃を避け、反撃し、抵抗する。捕まったら、体を拘束されたら一巻の終わりだ。抜け出すことなんてできない。そんなのは腕力の差で分かりきっている。


 背中を絶対に取られないように気をつけながら、襲いかかってくる男たちを撃退していく。絶対に、負けられないのだ。



「……」



 珠璃の行動を、発言を、聞いても立ち上がる女性はいない。それだけ抑圧されてきたのだろう。言葉の暴力が、普通の暴力が飛んできたに違いない。


 けれど。



「……あなたたちは、自分が変わりたいとは思わなかったのですか?」



 春嘉の静かなその言葉に、最初に珠璃が助けた女性が反応した。

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