第76話
◯
目覚めたら、寝台の上で寝ていたのを自覚して、疑問に思うも、そういえば意識を失う前に誰かが声をかけてくれていたなと思い出す。最後に存在を認識していたのは小鳥の存在だったため、珠璃は申し訳ない気持ちになった。
(人の目があるところで、変身させちゃったのかな……)
できればそれはしてほしくないと思っていたため、珠璃は申し訳ない気持ちを抱えたまま体を起こす。辺りを見回してみるとそこは朱雀に借りている部屋だと自覚した。会場からここまではそれなりに距離があるのに、と思いながら寝台の上から体を下ろす。いつもなら枕元で小さくなっているはずの小鳥だったけれど、今はそこにいないと言うことはきっとどこかで遊んでいるのだろうと結論づける。
勝手に動いていいものかと考えたけれど、じっとしていてもしょうがないため、珠璃も部屋から出て散歩することにした。
常夏の国であるため、いつの間にか着替えまで済まされていたけれど、寝巻きの上に軽く上着を羽織ってそのままてくてくと歩いていく。向かった先は、必然的に神使たちがいる場所となった。
そっと扉を開けて中を除けば、毛が綺麗に刈り取られた未の神使の耳がぴょこん、と動き珠璃の存在を認知する。
『あれぇ〜? どうしたの〜?』
のんびりとした声に、無意識に張っていた気が解けていく。上着を落とさないように手でしっかりと握りながら少し小走りに神使のそばに駆け寄った。
「お久しぶりです」
『体は? 大丈夫〜?』
「はい。特に問題はありません」
『そう? ここにこもっていてもわかるほどの【力】を感じたのに?』
「……それは、不可抗力というか」
『……そう〜? まあ、君がそういうなら誤魔化されてあげるけどさぁ……?』
その言葉に、思わず苦笑を返してしまう。春の国の神使も、こうしてみて見ぬふりをしてくれたことを思い出す。そういえば、兎の神使と寅の神使は元気だろうかとぼんやりと考える。彼れらはすごくもふもふだったなぁ、とどうでもいいことを考えていると、背中側からするん、と無機質な冷たさを感じて首を傾げると、そのまま首に緩く首に巻き付くようにゆるく一周したその存在を珠璃はあ、と小さな声をあげた。
『ようやったのぅ、珠璃! ほんにようやった!』
そう言って大喜びしている巳の神使に珠璃はポカンとしてしまう。
そういえば、試合を始める前にも巳の神使は朱雀を打倒せよと言っていた。
「……神使様は、朱雀に何を知って欲しかったのですか?」
『敗北じゃ』
「……どうして……?」
『傲慢じゃよ、珠璃』
「……」
『知っての通り、【朱雀】という称号はそう簡単に与えられるものではない。それ相応の努力の結果によって受け取ることのできるものじゃ。……しかし、それでも“謙虚さ”を忘れていいわけではないんじゃ』
普通に会話して、普通に接している分には、珠璃には朱雀という彼の傲慢さはあまり感じられなかった。そう、普通にしていれば。
しかし、先の大会でそれを目の当たりにした。
「……強さを誇りに思っているのなら、仕方のないことだと思いますよ。私は」
『じゃがの、それを許される立場ではないと理解もせねばならん。通常は非の打ちどころのないほど、あやつはいい君主だ。それは認める。感情の制御もうまい。あやつが感情の荒波に飲まれるのはあまり見たことがない。じゃが、ことそれが“戦い”になると話が変わってくる』
それは、珠璃が思い知った。
朱雀は――夏桜は、決してあの試合で手を抜いていたわけではない。珠璃だってそんなことはわかっている。だからこそ、理性が叩き出した勝敗は【敗北】だった。だからこそ、珠璃はちょっとした裏技を使った。【東春国】で珠璃は神使との関係を繋いだ。だからこそ、許された。何かあった時に、
夏桜が、自身の実力と腕力、技術だけで珠璃を叩きのめそうとしているのを理解していたから。
その隙をついたのだ。
兎の神使の瞬発力を、寅の神使の力のある増強を。ほんの一瞬だけ。
だからこそ、あんな短時間で珠璃は決着をつけることができた。試合の規則に特殊能力の使用を禁止する事項は載っていなかった。その隙をついたずるいやり方だと言ってもいい。
けれど、珠璃はそれをしてでも、自身のわがままを叶えたい気持ちが大きかった。
決していえない願い。決して声に出せない言葉。どれほど叫んでも、喉をかきむしろうとも。自分の心の底からの願いを
無意識に、珠璃の手は喉元を撫でていた。
『……お主は、秘密が多いというよりは秘密にせざるを得ない状況に立たされているようじゃな、珠璃』
「!!」
『気にせんでええ。ここだけの秘密ごとじゃ。未も他言は決してせん。何しろ、ワシらは【四神】と同等に
「……ごめんなさい……」
『謝ることなど何もない。言いたいことが言えぬ、声に出せぬというのは、他人が思っているほど簡単なことではない』
「……」
思わず、言葉が出てこなかった。
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