第75話

これ以上、話をしても無駄だと理解できる。そのため、春嘉はそのまま相手を無視してどうやって目の前の奴らをどかそうかと考えていると、相手が逆上した。



「朱雀様が、こんな女に負けるわけがない! おまえのような軟弱者に庇われているというだけで程度が知れる!!」


「……あまり、不用意なことを言わない方が身のためだと忠告しておきましょう」


「はっ、【東春国】の人間に何を言われたところで、なんとも思わないな。いいかげん、こちらの要求を飲んだ方が身のためだぞ」


「……驕り高ぶるのは結構だが、相手を見極めてからにしてほしいですね」



 すうっと、その場の空気が変わっていく。それを自覚できる小鳥は身を震わせて、羽毛を膨らませた。しかし、春嘉の怒気を当てられているにもかかわらず、目の前にいる男たちは鼻で笑う。


 所詮は軟弱者の国の人間であり、自分達には遠く及ばない弱者。そう考えているのがよくわかる。



「……朱雀は、国の統治を怠っていたのでしょうかね。他国の存在をこのように貶めるものたちがいるのを見逃しているのか……もしくは、今まではそれが表面に出てきていなかっただけなのか」



 おそらく、後者だろう。国同士で繋がりは持っているとはいえ、【四神】は己が守る季節が一番過ごしやすく、国を離れたがらない傾向がある。それは全ての【四神】に言える事である。必然的に、国民には他国の頂点の存在が希薄になる。だからと言って今されているような行いを看過することはとてもできないが。


 ため息をついた春嘉が気に入らなかったのか、一人が怒鳴り声を上げながら殴りかかってきた。しかも、春嘉にではなく、春嘉が抱き上げている大切な存在に向かって。だからこそ、春嘉は思わずカッとなってしまったのだ。


 体を捻り、優雅な衣がまとわりつくのをものともせず、長い足を振り上げて襲ってきたその男を思いきり蹴り飛ばした。随分と大きなうめき声をあげて吹っ飛んだその存在を見て、周りにいた男たちが目を見開いている。


 それをどこか冷静な思考で見ていながら、感情の昂りが大きくなっていく。なるほど、頭に血が上り、何も考えられなくなるとはこの事を言うのか。


 額に青筋を浮かべながら、春嘉は決して今まで見せたことがないであろうほどの怒りを乗せた顔を男たちに向ける。同時に、感情の制御ができず、漏れ出してしまう【力】。その時になってようやく男たちは、己がしてはならない過ちをしてしまったことに気づく。春嘉から溢れ出してる力は、自分達の頂点にたつその人と、あまりにも似通っていたからだ。一瞬で理解したのは、喧嘩を売った相手が、今まで下に見ていた国の頂点の人ということ。つまりは朱雀と同様、【四神】の役割を持った偉大な存在ということだ。



『せ、青龍、他国でこんなにも力を使うのは……ッ!』



 なんとか『春嘉』に戻ってもらおうと声をかけるが、小鳥の声は聞こえていないようで反応は何もない。どうしようと春嘉の肩の上でオロオロとしていると、背後から大きな力の塊を感じて、小鳥は春嘉の肩の上でくるりと体の向きを変えて背後を見る。


 そして、慌てたように駆け寄ってきたその存在に思わずホッとしてしまった。



『朱雀!』


「青龍……! まて!!」



 夏桜の必死な声音に、意識がハッとする。春嘉はすぐさまに漏れ出してしまっていた力を止める。目の前には春嘉の【青龍】の力に当てられて腰を抜かしている男たちがおり、やりすぎたと理解はしても、悪気は一切湧くことはなく、むしろ胸がスッとしていた。



「……青龍、悪かった」


「謝るぐらいなら、すぐにでも寝台の準備をしていただきたいですね、朱雀」


「わかった、わかったから、おまえの力を無闇に垂れ流さないでくれ。感情の制御を頼む」


「それと、あまり言いたくはありませんが言いましょう。女性に乱暴を振るうことのないよう、国民を躾するべきでしょう」


「何っ!? おまえら、まさか珠璃に……!?」


「私がいるのにやられるわけがないでしょう。しかし、ここにいるのを見ると、珠璃の控え室に忍び込むつもりだったのかもしれませんね。女性への配慮も一緒にお願いします」


「……本当に、悪かった」


「……それは、私ではなく珠璃に言うべき言葉でしょう、【朱雀】」


「…………そうだな」



 強く春嘉がそう呼び掛ければ、夏桜が体を少し反応させる。春嘉が何を言いたいのかを察したからだ。


 夏桜のその反応に春嘉はため息をつき、そのままその場から立ち去るために男たちの方へと歩いていく。体をびくりと振るわせたのを見ながらそれでも、春嘉にとって、もうなんの価値もない存在と成り果てたため、そのまま無視して会場を後にした。


 その後ろ姿を見ながら夏桜は【朱雀】として恥ずべきことをした己の民を罰するために兵士を呼び出し、その場にいた男たちを拘束しそのまま牢に入れさせる。


 その作業をしながら、夏桜は己に自己嫌悪をしていた。



 ――好きだと言った女を、自分は勝負の勝ち負けで認めることができないほど、狭量な男なのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る