第73話



 歓声を浴びながら試合会場に出ればさらに場が盛り上がったのがわかる。利き手に剣を持った珠璃は目の前に立っている朱雀を見た。十分ある身長と同じくらいかそれよりも少し大きい偃月刀を持った朱雀の凄みはすごい。子供だったら確実に泣き叫ぶ勢いだなと思いつつ、珠璃は冷静に状況を見る。


 守備範囲が広い朱雀に対してどうやって攻め入るのか、どうやって守るのか、考える。



(いや、無理でしょ、これ……)



 一瞬にして理性が叩き出した答えは『無理』の一言である。


 高身長にそれに見合った大きな偃月刀という武器。朱雀の強さをそれだけですでに物語っているのは明白である。



(私があんなものを持ったら一分で潰れる)



 自分の考えにうんうん、と頷きながら珠璃は手に持っている細身の剣を見る。珠璃の体に許されたのはこれが限界だった。


 体力や筋力の問題である。その部分で女が男に勝とうなどと言うのは到底無理があるのも致し方がない。どう考えたって無理そうなものは無理そうで、どうしようかと本気で悩んでしまう。


 そんな珠璃を見て、朱雀は少しだけ苦笑した。考え込んでいるということは、まだ諦める気がないということだ。それを自覚せずに行動している彼女が少しおかしくて、同時に愛しくて。この勝負で決着がつけば、珠璃は必然と自分のそばにいることになる。それに対する喜びと喪失感が同時に襲ってきた。


 分かっている。そんなことをして彼女を手に入れても、無駄なことなのだということを。本当の意味で彼女を自分のものにできないということぐらい、分かっているのに。心の奥底が彼女を求めているのだ。


 一人にしてはいけない。寂しさを感じさせてはいけない。彼女の――珠璃の中での【当たり前】を当たり前と認識させてはいけないと。そう思ったのだ。



(……さて、おまえはどうやって俺を倒そうとしてるんだ?)



 ずっと考え込んでいる珠璃を見つめている朱雀は動かずにじっとしているだけだ。すでに試合は始まっている。珠璃もそれは理解している。朱雀だってもちろん分かっている。けれど、先に自分から攻撃を加えるのはなぜかやりたくなかった。


 手に持っている偃月刀を握りしめながら、珠璃の動きをつぶさに観察する。立ち方、構え方、力の入っている部分を見極めて、筋肉の動きを見逃さないよう、気を抜くことなく。いつでも反応できるよう、朱雀も警戒心は一切解いていない。



「……やっぱり、正面突破かな……」



 そう言った珠璃はこくん、と頷き、すっと朱雀に視線を向けた。



「――ッ!?」



 瞬間に朱雀が感じたのは、そこ知れぬ恐怖。このままでは、彼女に負ける・・・・・・という直感・・。だからこそ、考えるより前に体が動いたのだ。攻撃するためではなく、自身を守るために。それなのに。



「………な…ッ?」



 気づけば、自分の手から離れ、場外に飛ばされている武器。からん、と無慈悲な音が鳴り響き、耳に届く。目の前には細身の剣を手に、自分を見上げている少女。何が起こったのか、全くわからなかった。けれど、確実にわかることは、一瞬も気を抜いていないこの状況で、圧倒的な力の前に自身の負けが確定したという事実のみ。瞬間に、頭に血が上った。負けを認められなくて。自分の反射神経を信じたくなくて。ずっと警戒心を解くこともなく、むしろ今までの戦いの中でも一番警戒して、神経を張り巡らせていたにもかかわからず、反応すらできなかったことを認めたくなくて。


 体が動く。手が出る。武器などなくても、体術でならばなんとでもなる。これだけの体格差があるのだ。組み敷いて仕舞えば、彼女は動く事すらままならない。ならば――。



「認めるか――ッ!!」



 自分が負けてしまったという事実など。認めてたまるものか。


 そう、思っていたのに。



「……あなたでも、そんな低俗な考えをするのですね……夏桜さん」



 小さな呟き。それは、悲しみがつめこまれた声音。理性が起きたけれど、本能で動いてしまった体を止めることができなくて。水色の瞳が揺らいだ。


 伸ばした手の先には、何もない。その理解も追いつかなくて、朱雀はポカンとほうけてしまう。何が起こっているのか、本当に理解できなかったのだ。しかし次の瞬間、自分のすぐ真横に人の気配を感じる。体が反応し、反射的に動けば、バシィッ、という大きな音が鳴り響く。静まり返った会場の中では、それはいやに大きな音に聞こえる。朱雀も、自分の目を信じられなかった、華奢な少女が、自分が反射的に振り回した片腕を、同じように片腕で受け止めたのだ。肌の露出が多い服をお互いに着ているために、直接ぶつかり合った肌同士のせいで、先ほどのような音が響いたのだ。



「……珠璃……?」


「あなたの負けでしょう。私のような小娘に、武器を取られ、体術を受け止められたのですから。これ以上の勝負は無意味と思います」


「……」



 そう言って、珠璃は腕を下ろす。ぶつかり合った肌が真っ赤に染まっているのを見て、朱雀は目を見開く。彼女はそれをするだけの力があったのは確かだ。ハッタリなどでできる行動ではない。けれど、それは同時に珠璃には朱雀の攻撃を避けることもできたということだ。それなのにそれをしなかった。それの意味することはただ一つ。


 ――歴然とした力の差を、朱雀にわからせたということだ。

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