第70話

(……いや、わかってたよ。うん。だって童顔だもんね。春嘉さんですら未成年って言って……未成年……?)



 ばっと顔を上げる。机に突っ伏してしまった珠璃が突然体を起こしたことにその場にいた全員が驚いた。しかし、珠璃はそんなことを気にしていられない。春嘉を見て口を開く。



「……春嘉さん、初めて会った時、私のこと未成年って、言ってましたよね?」


「え? あ、はい……」


「……いくつだと思ったんですか?」


「………」


「答えてください、春嘉さん!」


「いや、その……」


「答えてくれた数字によっては二度と口を聞きませんけど」


「……………」



 黙った。ということはそういうことなんだろう。珠璃は再び机に沈み込んだ。自分でも童顔だとわかってはいたけれど、まさか周りが見たらこの童顔がさらに幼く見えてしまっていたなんて……。地味に落ち込んでしまう。



「……え、えっと、珠璃、その……」



 何かを言わなければと焦っている春嘉がしどろもどろになりながら声をかけてくれるけれど気持ちが上がることはできない。



『珠璃は世界一可愛い女の子だから!!』



 謎の持ち上げをし始めた小鳥に視線を向けるために少し顔を上げる。愛らしいふわふわの小鳥はえっへんと胸を張っているのが見える。そして。



『珠璃の年齢は十二、三のはずだ!!』



 堂々と言い切った珠璃は落ち込みよりも自分の中の何かがぷつんと切れたことを自覚した。


 ゆらっと体を起こした珠璃に春嘉が笑顔のまま凍りつき、朱雀も動きを止めている。唯一、小鳥だけがいまだに胸を張っている。



「…………小鳥さん?」


『なんだ? 当たりだろ? 珠璃可愛いから!』


「ねえ、小鳥さん、私、そんなにも幼く見える?」


『? だって、珠璃は体の発育が――ぎゃあ!?』


「……今、体の発育とかいった? 言ったの? わかてるわよ。私だって自分の体の発育が悪いことぐらいわかってるわよ!? なのにあえてそれを引き合いに出すわけ!? 小鳥さん、ちょっと常識なさすぎないかな!?」


『珠璃!? なんでそんな鷲掴みにして……ぎゃあーっ!! 羽っ、羽引っこ抜かないで!? ちょ、珠璃!?』



 小鳥を鷲掴みにした珠璃はしばらく無言で小鳥の羽を引っこ抜く。


 そんな珠璃の様子を見ながら朱雀はぼそっと言葉をこぼす。



「……いや、そこそこな体つきだったぞ? 珠璃は」


「朱雀、あなた今なんて言いました?」


「あ、いや、青龍、俺は別に珠璃を襲ったわけでは……」


「襲った!?」


「なんで物騒な言葉だけを聞き取ってんだよ!? 話を聞け!!」



 四神二人もぎゃあぎゃあと騒ぎ出していたが、それでも珠璃がそれに気付くことはなく、そのまま無心で小鳥の羽を毟っていく。毟りながら途中で体をプルプルと振るわせたかと思うと大声で叫んだ。



「さ、最近はちゃんと膨らみも出てきたもん! 朱雀がいっぱい食べさせてくれるから体重だって増えてきたもん!! 私の体の発育が悪いのはただ単に栄養が足りてないだけだからっ!!」


『わかった! ボクが悪かった! 全面的に僕が悪かったから!! 羽引っこ抜かないでーっ!!』


「そういえば、ここは常夏の国。そろそろ衣替えした方がいいんじゃない? ほら、私が手伝ってあげるよ?」


『手伝いって言わない! それは手伝いって言わないよ!?』


「暴言、許すまじ……!!」


『申し訳ありませんでしたーっ!!』



 しばらく、珠璃は小鳥の羽を無心で引き抜いていたのだった。



「……」


「……」



 その様子を、四神である二人は、ただ見守ってあげることしかできなかった。





「私、ちゃんと成人してますから」


「!?」


「そうなのか!?」


「……そう驚かれると、なんか虚しいですけど……ちゃんとしてます。お酒もちゃんと飲めますから」


「……そう、だったのですね」


「なら、すぐに結婚式をしてもよくないか?」


「何頭沸いたこと言っているんですか? しません」


「お前が成人するまでの我慢かと思っていたからな。まあ、だとしても後一・二年ではあったから別にあまり変わらんがな!」


「何結婚式までする予定を組んでいるんですか。しませんって」


「お前が俺に勝つなんてできるはずないだろう?」


「やってみないとわかりませんから!」



 怒って言葉を返している珠璃に、春嘉は不安を覚えずにはいられないのも当たり前であった。


 朱雀はこの【南夏国】の主人であり、【朱雀】の称号を持つ男。この男よりも強くあるのであれば、すでに珠璃が【朱雀】の称号を持っていてもおかしくない。それ程、この国は、【朱雀】という存在は【武】を重きに置いているのだ。


 朱雀である【夏桜】の自身は別に自慢でも誇張でもなく、絶対的な【自信】からきている。


 目の前で言い合っている珠璃たちを見て、春嘉はそれでも何もいえない。朱雀と代わりに戦ったところで、春嘉では朱雀に敵うことはないからだ。たとえ自分の宿る特殊な能力を使ったとしても無理だろう。何しろ相性が悪い。自分の手を広げて見つめ、ため息をこぼす。


 守りたい。大切な感情を教えてくれた、愛しい存在を。隣に立っていてほしい。自分に向かって微笑んでほしい。それなのに。



(それを受けることができるにたる、信頼をまだ預かっていない……)



 それなりに心は開いてくれているのだろう。それはわかる。けれど、信頼されてるのかと聞かれると、首を振る。彼女は、いまだに強く一線を引いている。

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