第69話

「……お前は、自分で自分を追い込みすぎなんじゃないか?」


「……それは、小鳥さんにも、春嘉さんにも、ずっと言われてることかな……」


「それを自覚しているのに、お前は自分を追い詰めることをやめないんだな、珠璃」



 少し責めるような言葉になってしまったことにハッとするが、もう言葉は戻せない。腕の中に閉じ込めた珠璃の様子を伺うため、体をかすかにはなし、珠璃を見る。



「……それでも……それでも、私は、私の願いを叶えるために、一人で走らないといけないの」



 少し縋り付くように、珠璃が朱雀の衣を握った。その様子に、朱雀は珠璃の見た目相応の行動に目を見開き固まった。そして、そのまま珠璃の体から力が抜けていくのを自覚して慌てて強く抱きしめる。もう夜もだいぶ遅い。睡魔に負けたのだろう。寝息のかすかな息遣いを感じながら朱雀は珠璃を見下ろして、ため息をつく。



「……お前の、その憂いを、孤独を、お前が信頼できやつに分けることができれば、ここまで苦しむこともないだろう、珠璃」



 その呟きは、朱雀の心境を物語っていた。



 ――朱雀自身、珠璃の信頼を受けていないと言うことを。







「……えっ、明後日?」


「ああ」


「また、急な話ですね……?」


「いやいや。最終の大トリだ。そうでなければ盛り上がらんだろう?」


「……ちなみに聞きますけど、盛り上がるとは?」


「当たり前のことを聞くな、珠璃。俺とお前の婚約式だ!」


「なんか訳のわからないことを言い始めましたよこの男。春嘉さんどうにかしてください」


「突然話を振ってくるのはできればやめていただきたいですが……」



 寝落ちという失態をかましてから数日後。部屋で小鳥と春嘉とのんびりと過ごしていた珠璃は突然の朱雀の訪問で戸惑いながらも話を聞き、そして思考を捨てた。


 気持ちがわからなくもない春嘉は苦笑を浮かべながらすっかり慣れた手つきで小鳥を撫でている。元々、春の加護もをつ青龍である春嘉は動物に好かれやすく、小鳥も春嘉にされるがままになっていた。


 珠璃とはちがう手の優しさにほっこりとしていたのだ。


 そんな一人と一匹の様子を見て微笑ましく思っていた珠璃だったが朱雀のその発言にほっこりとしていた空気をぶち壊す。



「春嘉さんのような常識人でないと、こういう人の相手はできないと思います。助けてください」


「その信頼はとても嬉しいのですが、私にもできないことはありますからね?」


「春嘉さん……」


「……潤んだ瞳でこちらを見ないでください」



 春嘉にスッと手をかざされて視界を遮られてしまった珠璃はむぅっと頬を少し膨らませる。そんな珠璃と春嘉の様子を見ていた朱雀が真顔で観察していることに二人は気づかなかったが、小鳥は気づいていた。


 たらりと汗が流れたような気がしたが、口を出してしまうと何だかやばいような気がしてずっと黙っていたのだが。



「珠璃」



 突然の呼びかけにくるりと振り返った珠璃は思ったよりも近くにある朱雀の顔にギョッと驚いて少し体をのけぞらせる。そんな珠璃の行動を予測して朱雀は珠璃の腰を取り、ぐっと自分に近づける。そして、その頬に軽く唇を当てた。



「朱雀っ!!」


『何やってんのぉーっ!?』


「お前らだけで何いい雰囲気作ろうとしてんだよ」


「いい雰囲気って何ですか!? というか、あなたは本当に礼儀のなっていない人ですね!」


「礼儀以前の問題だ。このままではお前に負けてしまうからな、青龍」


「何ワケのわからないことを……!」



 騒いでいる二人と一匹を呆然としながら会話を聞き、行動を見ていた珠璃は、すっと自分の頬に手を当てて何をされたのかを冷静に考えてしまった。


 そして。



「……っ!!」



 朱雀の行動を理解した瞬間に、顔を真っ赤に染め上げた。



「……そんな反応を返されるとは、な……」


「あ、あなた、なんで、そんな……っ!!」


「言っただろう? 俺はお前が好きだと。数日前の邂逅もあったんだ。知らなかったとも自覚をしていなかったとも言わせないぞ?」


「だ、だとしても、今の行動は……っ!!」


「なんだ? 好いた女に愛情表現をしてはいけない理由でもあるのか? お前は俺の思いを軽く見過ぎだな!」


「わ、笑いながらそんなこと言わないでよ!?」


「そんな新鮮な反応が返ってくるとは思わなかったから、なんか嬉しくてな! お前も、年頃の女なんだなと思えるしな」


「年頃って……」


「だが、少しませすぎだ。もう少し子供っぽいところがあってもいいと思うぞ? 珠璃」



 その瞬間、珠璃は理解した。そして。



「…………一応、聞くけれど……」


「ん?」


「私のこと、いくつに見てるの……?」



 しん。と静寂に包み込まれる。


 珠璃はやっぱりかという思いを抱く。



(……いや、春嘉さんも私のこと未成年だって言っていたんだから、その反応も予想はしていたけれどもね? でもさ? 流石に、ここまで誤解をされているのは悲しいいと思うのよね。私……)


「……いや、逆に聞きたいんだが、珠璃、お前、何歳なんだよ?」


「質問に質問で返さないでください」


「……だよな……いや、初対面で見た時の印象では、十七・八ぐらいだと思ったんだが……?」



 ……予想通りの答えで、珠璃は思わず項垂れてしまった。

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