第68話
小鳥がそっと珠璃に声を落とす。
『珠璃……青龍は、珠璃を心配……』
「お願い。……お願いだから、これ以上……言わないで……」
『珠璃……?』
「わかってる。春嘉さんが、ずっと私のことを心配してくれていることも、私に無茶をしてほしくないって願ってくれていることも。ちゃんと、全部知ってる。理解してる。……でも、私は、私のわがままのためには、気にしてはいけないことなの」
言い聞かせる。珠璃は自分の胸元に手を持っていき、きゅっときつく握りしめる。そんな珠璃を見れば、小鳥も何も言えなくなてしまう。
小鳥だって、理解していた。珠璃が無理に無理を重ねるのは彼女自身のわがままを貫き通すためだと言うことも、そして、周りの声を聞かないのも、そんな周りの甘やかしに流されないようにするためだと言うことも。
けれど。
『君が心配なんだよ、珠璃……』
「本当に、わかっているの。小鳥さんも、春嘉さんも、私の心配をしてくれている。春嘉さんの国で出会った神使様だって、そうだった。ずっと私を心配してくれている。もちろん、この国で出会った神使様だって。でも……それでも、私は……!」
まるで、苦いものを吐き出すような声に、様子に、小鳥は何も言えなくなってしまう。
何がそんなにも珠璃を追い詰めているのだろうと、考えても答えなど出てこない。わからないのだから当たり前だ。当たり前にわからないのに、考えてしまう。少しでも。ほんの少しでも、珠璃に寄り添っていたいから。
◯
そっと、深夜に部屋を抜け出した。夜風にあたりたい。そんな気持ちで。
朱雀から与えられた部屋から一歩出て、外に向かって歩いていくと、出会いがあった。
「……珠璃?」
「……朱雀?」
お互いに、何故ここに、という表情をして見つめてしまう。
「夜ももう遅い、どうした?」
「……夜風に、あたりたくて」
「……わかった。特等席に連れて行ってやる」
「え? いえ、でも私一人でも大丈夫。迷惑は……」
「なんだ? 俺は好いた女を一人にするほど薄情な男だと思われているのか?」
「……好いた? ああ、あれ……本当に本気だったの?」
「信じてなかったのかよ……まあいい。とにかく、迷惑だなんてこれっぽっちの思っていない。そもそも、無理なら無理ですぐに別れている」
「……まあ、朱雀だったらそうだよね…うん。わかったわ。じゃあ、お願いします」
「おう」
思いもよらない邂逅に戸惑いながらも、珠璃は朱雀についていく。回廊を出て庭の方に出た時、くるっと朱雀が振り返り、近づいてきたことに首を傾げていると突然ヒョイっと抱き上げられて何が起こったのか理解ができなくなる。が、一瞬で状況を理解して声を出そうとしたが、それを察したのか、そうではないのかわからないが朱雀がトコトコと外に出たかと思ったらそのまま思い切り跳躍する。
突然の出来事に声にならず、たまらずにぎゅっと朱雀にしがみつく珠璃に朱雀は機嫌を良くしながら跳躍した先で珠璃をゆっくりと下ろしてやった。
「……も、もう少し、心の準備が欲しいわ…!!」
「すまん。伝えてもよかたが、抱き上げる、と言うこと伝えた場合全力で拒否られそうだったかな。無断でさせてもらった」
全くその通りで何も言えず、珠璃が黙ったのを見て朱雀が笑みを浮かべる。その笑みを見て、珠璃は目を見開いて固まった。
そんな珠璃に気づいて朱雀が首を傾げる。そんな朱雀に気づいて珠璃がハッとして「何でもない」といった。しかし朱雀は気になったのか言葉を重ねる。
「いや、お前があんなにも驚くほどの何かがあったのかと逆に気になるだろ」
「……いや、でも本当に何でもなくて……」
「別に何を言われたところで怒らないぞ?」
「……えっと」
朱雀の怒らない発言に、珠璃が少し揺れたのがわかったのか、朱雀が手を伸ばして珠璃の頭を優しく撫でる。口籠る珠璃を促すように頭を撫で続ければ、おずおずと首位が口を開いた。
「……朱雀が、あんなにも子供のような笑顔を見せたのが……羨ましいなって……驚いて」
「……ガキ扱いされたことに驚いたぞ、俺は」
「すみません……」
「いや、怒ってはいないが……そんなにガキっぽかったか……?」
「と言うよりは、純粋な笑顔に驚いたといった方が正しいかもしれない……かな?」
「純粋な笑顔、ねぇ……」
「……私には。もう……できそうもない、こと…だから……」
そう言った珠璃の哀愁に朱雀は驚く。彼女が何を言っているのか、わからなかったからだ。
(できそうもないことって、どう言う意味だ)
心の中で言葉をぶつける。しかし、それが珠璃に届くはずもない。自分の目の前で寂しそうに、悲しそうに、少しだけ笑みを浮かべている珠璃を見て、手が止まる。そんなにも、悲しまないで欲しい。そんなにも悲観しないで欲しい。
俺は、お前のことをまだ何も知らない。まだ何も知らないが、それでも、お前を守りたいと思っているこの気持ちだけは、絶対に本物なんだ。
体が、無意識に動いた。
小さな体を包み込むように、壊さないように。抱きしめる。珠璃も驚いたように体を揺らすが、朱雀にそれ以上何かをする意思がないことがわかっているためか、そのまま大人しくしていた。
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