第67話
思い過ごしならいいけど、と考えつつ、珠璃は肩に乗っている小鳥を指先で撫でた。「ピィィ」と気持ちよさそうに鳴き声をあげる小鳥に癒されながら指先で撫で続けていると、突然、珠璃は背後に気配を感じて驚いて体を捩り、後ろを振り向く。そして、背後に立っていたその人物を見て、呆気に取られた。
「……朱雀、何をしているのですか……?」
珠璃がそう言ったのも無理はなく、朱雀は両腕を中途半端に広げた状態で固まっていたのだ。何をしているのかと疑問に思っても仕方のない事だろう。
「……お前、反応がいいな、珠璃。背後から思い切り抱きしめてやろうと思っていたのに」
「反応できて心底良かったと思います」
「なんだ、俺に抱きしめられるなんて滅多にない事だぞ? 喜んでこの腕の中に入ってこい!」
「絶対に嫌です。全力で遠慮・拒否します」
「……お前……」
「ところで、ちょうど良かったです。朱雀、聞きたいことがあったんですよ」
さらっと朱雀の行動と言葉を無視して珠璃は疑問をぶつけることに決める。もう自分の腕の中に入ってきてくれないとわかったため、朱雀は大人しく両腕を下ろした。
「私、ちゃんと試合に参加できるんですよね?」
「? 当たり前だろう」
「どうして私には試合の声がかからないのですか?」
「なんだ、そんなことか」
朱雀の言葉に、珠璃も春嘉も疑問を浮かべる。朱雀一人だけが納得していても仕方のないことなのだが、どうやらそれがわからないらしいと内心で毒づきながら、珠璃がもう一度口を開こうとしたが先に朱雀が答えを放った。
「お前は、俺と戦うからだよ、珠璃」
その言葉に、春嘉が一番に反応した。
「何を言っているのですか!? あなたと戦って勝てる他人なんてほとんどいないというのに!」
「……あのな。一応行っておくが、珠璃が求めているのは【朱雀の紋章】だ。それを手に入れるためには俺に認められなければならない。そうだろう」
「そこは認めます。ですが、あなたと戦うなど、あまりにも不利だ!」
「不利なのはこちらだって理解している。しかし、俺も譲れない」
朱雀の強い言葉に春嘉が黙る。
「お前だって体験したのならわかるだろう。【紋章】を与えるということは、簡単にできることではない。全てを集め切った先に何が起こるのかを理解している俺たち【四神】という存在ならば尚更」
「……理解は、しています」
「ならば、それを阻止しようとして何が悪い? 俺は、俺が惚れた女に危険な目にあって欲しくない。この先も苦しんで欲しいとも思わない。たとえそれが俺の身勝手さから出たものだとしても、だ。守れる瞬間を用意されているのだから、それを使わない手はないだろう」
はっきりと言葉にされたそれに、春嘉は表情を歪める。そう、とても悔しそうに。
その表情を隣で見て、珠璃は悟った。きっと、春嘉も珠璃に【紋章】を与えたくなどなかったのだ。けれど、珠璃が強くそれを望んだら。だから、春嘉は優しいから、珠璃が負担に思わないようにそんな事を感じさせないように。優しく包み込むような嘘で珠璃に【紋章】を与えたのだろう。
自分がどれほど残酷なことをしたのか、自覚させられてしまう。
――それでも。
「……たとえ、それがどれほど無謀なことでも。私のことを考え、守ろうとしてくれていることだとしても。……私は……――私のわがままのために、立ち塞がる壁を全て破壊し尽くして歩きます」
強い決意のこもった声に、春嘉も朱雀も、何もいえない。
考える。考えてもわからないとわかっているのに考える。どうしてこの少女は、彼女は、これほどまでに己のわがままを強調するのか。
珠璃が【紋章】を集めてまで口にしたい願いとはなんなのか。何度も何度も考えて。けれど結局わからないのだ。
「朱雀、あなたと戦うことになったとしても、私は決して諦めない。必ずあなたから勝利を掴み、約束を守ってもらうわ」
「俺から勝利をとるなどと宣言する女……やっぱり、お前は最高だな、珠璃」
朱雀はそう言って、どこか獰猛な笑みを珠璃に見せた後、そのまま背を向ける。そんな歩き去ってしまう朱雀に、珠璃はさらに言葉をかけた。
「私は、あなたから声がかかるのを待っていればいいのかしら?」
「――ああ、その通りだ。それまでは我が民の真剣試合を見て、楽しんでいろ」
そう言って、朱雀は立ち去っていく。その背中を見つめて珠璃は強く手を胸の前で握り込んだ。
「……絶対に、私は勝つわ」
そう呟いた珠璃に、春嘉は心配そうな視線を向ける。けれど、珠璃がその視線に気づいてくれることはなかった。
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