第65話
「……いま、私には理解できない言葉を言われたの。誰か。誰でもいいから私にもわかる言葉で私に教えてくれないかな?」
くるっと、朱雀に背を向けて珠璃は春嘉と小鳥に向き直る。しかし、視線を向けられた側も朱雀の言葉の理解が追いついていないのか固まっている。
もしかして空耳かもしれない。もしくは幻聴か。そう思いたくて珠璃はもう一度朱雀の方に向き直るが、朱雀は満面の笑みで珠璃を見ており、これが現実なのだと無理矢理理解させられた。
「……朱雀、あの、私の予想では、この国を出て行けとかそういう予想だと思っていたの。もしくは名前で呼んでくれとか、そういう感じのやつ。なのになぜ、嫁になれとか飛躍した言葉が出てくるの?」
「理由なんて、俺がお前を気に入った意外にはあり得ないだろう?」
「……その、いっときの興味本位で私を手に入れても、すぐに飽きてしまうと思うから、やめた方がいいと思うわ」
「なんだ、お前知らないのか? 四神として君臨しているものは、生涯に一人だけしか娶ることができないんだぞ? まあ、別に絶対に婚姻をして世継ぎを作らなければならないということはないけどな」
「あなたにならもっとお似合いの人がいると思うわ……!」
「誰に好感を持つかは俺の感性だろう。諦めろ、珠璃」
「……っ、春嘉さん、春嘉さん! 助けてください! もう意味がわからない!!」
ついに言葉尽きて珠璃は春嘉に泣きついてしまう。春嘉の方もようやくハッとして珠璃を背中に庇うように動けば、それに朱雀が少し顔を顰める。珠璃の方も春嘉の背中に大人しく隠れてるのを見て少しだけムッとした表情を見せるが、それはすぐに形りを潜めた。
「……朱雀、流石にそれは話が飛びすぎだと思うのですが」
「お前には関係ないだろう、青龍? これはあくまでも俺と珠璃の問題だ」
「その問題にされている張本人が混乱極めています」
「おおいに混乱してくれ。その分、珠璃が俺を意識する時間が長くなる」
「……朱雀……」
ため息をついて、春嘉はこれはもうダメだと認識する。一度決めた事を曲げないのも、この男の特徴でもある。これはもう本気でどうしようもない。
「珠璃、諦めてください」
「諦めるって何!? 私の人生がかかっているのに!?」
「それはまあ、そうですよね……ふむ……朱雀」
「なんだ。要求は変えんからな」
「いえ、少し緩和しませんか?」
「緩和だと?」
「え? 取り消せとかじゃないの? 取り消しじゃないと困るんだけど!?」
「緩和です。さすがにいきなり嫁は珠璃も受け入れ難い事でしょう? たとえ珠璃の願いである紋章がかかっていたとしてもこのままでは棄権しかねませんよ? まあ、私と小鳥にとってはそれが一番ありがたいことではありますが」
「棄権なぞされたら、俺が珠璃を手に入れる機会がなくなるじゃないか!」
「ええ。ですから、とりあえずは“お付き合い”をしてみては? 同じ四神として、朱雀が一度決めたことや、生涯の伴侶と決めた相手を鞍替えすることがないことは理解できてしまいますから、朱雀はまあいいとしますが、珠璃は私たちとは違います。彼女にも朱雀というあなたに“慣れる”時間が必要だ」
「……ああ、なるほど。俺の気持ちを疑ったり嫉妬してああ言ったわけではないということか。……なるほど、確かにお前の言う事に一理あるな、青龍」
「……ええ。ですから、珠璃の為に要求の緩和を要求します」
話が勝手に進んでいく! と思ったけれど、口を挟む余地が与えてもらえない珠璃は黙ったまま春嘉の背中に隠れているしかできない。珠璃の頭の上には小鳥がすでにちょこんと乗っかっており、二人の会話に呆れている様だった。
こうなってしまってはもう何を言っても無意味なことがわかっているため、小鳥も黙って見守ることしかできない。
「よしわかった。嫁はとりあえず保留ということにしておいて、俺との婚姻を前提に、俺と付き合うという要求に変えよう」
全く持って何も変わっていないことに、珠璃は眩暈がした。
うまく言いくるめているようでどこかずれた事を言い始めた春嘉に、恨みがましい視線を向けてしまう。そんな珠璃の視線に気づいた春嘉は珠璃に少し困ったような笑みを向けた。
「申し訳ありません。これ以上の譲歩はきっとできないだろうと思いまして……」
「春嘉さんが頑張ってくれたのはわかりますけど、納得もいかないだけです」
「そうですか? ですが、先ほど朱雀との会話でも言いましたけど、これは珠璃が試合を棄権すれば全てが無かったことになりますよ?」
「……春嘉さん、ずるくないですか?」
「可能性の話です。いくら私や小鳥があなたを諌めても、懇願しても、あなたは意見を曲げない。なら、意見を曲げるような何かを用意するしかないなと。で、今でてきた朱雀の要求が使えるなと。これであれば、あなたが試合に出る可能性を少しでも減らせると考えただけです」
「……春嘉さん……」
「ですが、その表情を見る限り、失敗だったようですね」
春嘉が珠璃の表情を見てそう言ったのは無理もない。事実、珠璃はここで引くわけにはいかないと言う表情をしているのだから。
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