第63話
そんな未の神使に近づいて、珠璃はそばに座り込む。もふもふになっている毛に手を差し入れてワサワサと動かしながら何かを考えているように見える珠璃に春嘉は首を傾げながらもその様子を見守っている。
『珠璃の手、気持ちいい〜……』
「それはよかったです」
『ところで、いつ毛を切ってくれるの?』
「今それを確認しています……。でも早めにしないとって思っているので、いっそのこと、今日やりましょうか?」
『是非っ!!』
食いついてきた未の神使に珠璃は少し苦笑して手を抜く。春嘉を振り向けば春嘉も珠璃たちの様子を見て苦笑していた。
「春嘉さん、手伝ってくれますか?」
「もちろん、断る理由がありませんよ。珠璃」
そう言って珠璃に微笑んだ春嘉に、珠璃は少しどきりと鼓動を刻む。すぐに視線を逸らして未の神使を見つめてなんとか誤魔化そうと深呼吸を繰り返す。
そんな珠璃の様子を見て春嘉が首を傾げている様子を見た未の神使と巳の神使がふむふむ、と深く頷く。
『常夏の国にまさか春が来ようとはのぉ……』
「ち、違っ!」
『認めたくないのぉ〜? それはそれでいいと思うけどぉ〜』
「だから、そういうのではなくて……っ!!」
『なんじゃ、別にええじゃろう。人とはそういう気持ちを持つものなんじゃからのぅ』
「な、なんでそんな暖かい目で見ているんですか! 違いますから!」
『別に照れなくてもぉ〜』
「照れていません! これ以上言うのであれば、今すぐに取りやめます!!」
『黙ります』
なんと変わり身の早い返答なんだとつい思ってしまった。とりあえず未の神使を黙らせることができたことにほっとしつつ、問題は巳の神使だが、彼は彼で、なんだが温かな眼差しを送っているのを見て、これ以上はなんだか取り返しがつかないことになりそうだなと思い、珠璃は黙り込む選択をしたのだった。
そんなやりとりを聞きながら、春嘉は準備を始めるため辺りを見回している。この広さなら問題ないかと判断し、くるりと神使たちと珠璃に体を向けると一言。
「ここに、私の力で植物を生やしても問題はないですか?」
という発言に、その場にいる全員が何を言われているのかと首を傾げたのは仕方のないことである。
「春嘉さん、突然どうしたんですか……?」
「朱雀に会いに行きたくないので、自分の能力を使って、未の神使様の毛を刈るための道具を作り出そうかなと」
「……春嘉さん……どれだけ朱雀のことを嫌っているんですか……」
「馬が合わないといったでしょう。譲歩できるところはきちんと譲歩していますし、問題はありません。出来るだけ関わらないようにと思った結果が今になっただけです。……で、ご許可をいただいても?」
『……わしは構わんが……』
『僕も別に問題無いよぉ?』
「では、お言葉に甘えて」
そう言った春嘉はその場で右足を少し前に踏み出してグッと踏み込むように力を入れる。と、そこから【何かの力】が働き、春嘉を中心に草木が出現する。その光景を驚きの眼で見つめながら珠璃は目が離せない。【東春国】にいた時にも春嘉の能力に助けられたことは何度もあったが、こうして力を使っている姿をじっと見るのは初めてだった。彼を中心に、淡い緑の光が発光してそこから徐々に草木がニョキニョキと伸びている光景は、どこか神秘的な儀式にも見える。
春嘉は距離感を測りながら、未の神使が伸びている場所にも植物を伸ばし、木の葉で日陰を作っている。
(……この人は、本当に優しい人なんだな……)
そんなことを思いながら、珠璃は春嘉の邪魔をしないようにそれが終わるのを黙って待っていた。
大した時間をかけることなく、春嘉は作業を終わらせてその手に木でできた鋭い刃物のようなものを持って珠璃に近づいてきた。
「どうぞ、珠璃」
「あ、ありがとうございます……」
「いえ。では、あとはお任せします」
「はい」
そう言って、珠璃はこくりと頷き、春嘉から手渡されたものを手にもって未の神使に近づく。声をかけながら、慎重に毛刈りをやったのだった。
◯
未の神使の毛刈りは実に一日掛かって行うこととなった。朝早くから行っていたはずなのに、気づけば太陽が完全に沈んでいたのだ。驚きである。
「流石に疲れたぁ……」
『珠璃、今日一日ずっと神使様たちのところにいたの?』
「うん。未の神使様が毛刈りしてってずっと言っていたから。朱雀に聞いたら他の女性はあんまり積極的にやってはくれなかったみたいで……」
『……ま、神使様を優先するよりは目の前の男の気を引くための努力をするだろうね……腐っても【朱雀】だし』
「まあ、同じ女として、その行動はわからないでは無いけれどもね? 権力を持っている相手の女になれるなんて、きっと誉れ高いことだろうし、何より周りから羨ましがられるのと、敬われるのが入ってくるからね」
『でも、珠璃はあんまりそういうのに興味なさそうだよね? なんで? 利点をそこまで理解してるなら、とりあえず従っておけばいいのに?』
「……小鳥さん、あのね。今言ったのはあくまで利点だけだよ? 不利点をあげるなら、従ったからにはそれなりに従順でいなければいけないし、何より女の嫉妬はこの世のどんなものよりも恐ろしいものなんだからね?」
『……前から思っていたけど、珠璃はどうしてそんなも冷静な時が強く出る時があるの? もう少し夢を持ってもいいと思うんだけど?』
「夢が美しく綺麗に見えるのは、現実を知らない証拠だよ?」
『……本当に、夢がないことをいうね、珠璃……』
「現実主義なのよ」
それだけでは無いだろうとツッコミを入れたかったけれど、とりあえず黙ったまま小鳥は小さくため息をこぼしながら頭を左右に振ったのだった。
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