第62話

(いや、それ以上……生きること……そう、生きることを諦めているような気がする……!)



 ハッとして体を止めるが戻ることもできず夏桜はそのまま歩き始める。自身の執務室に向かって歩いていると、途中で珠璃のそばにずっといたあの小鳥と出会った。



「……お前か」


『朱雀! 見つけた!!』



 羽を羽ばたかせて自分によってきた小鳥を見て朱雀はすっと手を差し出せば、小鳥はおとなしく朱雀の指に足を引っ掛けて止まる。



「……お前、なんで珠璃のそばにいる?」


『それが、僕の使命だからだよ』


「あんな、今にも壊れそうな女をこんな残酷な運命に巻き込むことを、【我が主人】は本当にお望みなのか?」


『望んでいるのかいないのかでいえば、ボクにはそれを図ることができないとしか答えられないよ、朱雀……』



 オロオロとしながらそういった小鳥に朱雀はそれはそうかと思う。自分たちの主人の使いかとも思ったが、そういうわけではないかもしれないと考えを改める。


 小鳥を見つめて小鳥も珍しく夏桜が差し出してくれた指先に留まって夏桜を見つめている。


 ここで考えていても仕方がないかと思い、夏桜は小鳥に珠璃なら部屋で待っているぞと伝えると小鳥はパッと表情を明るくしてそのままぱたぱたと羽ばたいて飛んでいってしまう。


 それを見送ってから夏桜は自室に向けて足を進めていく。


 どうしたものかと考えながら、それでもこれ以上の干渉をしても今の珠璃は自分に心を開いていないだろうということぐらいはちゃんと理解できているため手の出しようが無いのも事実だ。



「……少しずるいが、あいつらに手伝ってもらうか……」



 そう言って、夏桜はとある場所に向かって足を進めていった。


 その場所につけば、日陰になる場所でうとうととしている二匹を見つけ、夏桜は遠慮なくその二匹を叩き起こした。



「おい」


『………お主は、もう少しわしらを敬っても良いと思うぞ?』


「俺がそんな殊勝なことをすると思ってるのなら、朱雀の存在自体を俺から変えるべきだと思うがな」


『言ってみただけであろう。全く……で? 何用じゃ?』


「お前ら、珠璃の懐に入り込め」


『…………誤解を生むようなことを言わんでくれんかのぅ……なぜ急にそのようなことを?』


「あいつに、自分の存在価値の大きさを思い知らせる為だ」



 そう言った夏桜の言葉に、巳の神使は今まで未の神使の上で伸びていた体をグッと起こした。



『……お主が、そこまで他人を気にすることになろうとは思わなんだな』


「ま、普通なら気に留めていなかっただろうがな。あいつは青龍が認めている女であり、お前ら小さい神使という存在がなぜか気にかけている人間でもある。それに、紋章を欲しがっている時点で気にしないわけがないと思うがな」


『まあ、それもそうだのぅ。……できるだけやってみるが、失敗しても文句は言うでないぞ』


「うまくいかなかったら、当分の間、お前の餌の内容が変わるだけだから気にするな」


『お主は鬼であるな!?』



 そういっている巳の神使を無視して夏桜はそのままその部屋を後にした。とりあえず打てる手は打っておこう。彼女が死に急いでいる理由は知らないが、そう簡単にその希望を叶えさせるとは思わせたくない。何がなんでも思い知らせてやる。



「……簡単に捨てていい命など、この世には存在しないってことをな」



 呟きは空気に溶けた。







 次の日目覚めた珠璃は、そのまま部屋から出て神使のいる場所に移動しようとしたけれど、何故か扉を出てすぐの場所に春嘉が立っており、そのままにこりと微笑まれた珠璃はこれは一人で行動させてくれそうにないなとすぐに悟った。とはいえ特別ついてきてほしくない場所というわけでもない上に、春嘉は詩人うちの一人であるのだから、一緒の方がいいかもひれないと考えた。



「おはようございます。春嘉さん」


「ええ、おはようございます。どこへ行かれるのです?」


「神使様のところに行こうかと。朱雀との試合は特別急ぐものでもないですし、向こうも向こうで大会の準備とやらがあるようなので」


「そうですか。ご一緒しても?」


「断る理由がありません」



 そういって、珠璃が部屋から出て扉を閉める。


 小鳥は珠璃の頭の上にちょこんと乗っているが、眠たいのうつらうつらとしているのを認めて、春嘉は少しだけ苦笑した。



「神使様のところへ行って何かするのですか?」


「? いえ、未の神使様に癒しをもらおうかなと」


「……?」


「それにしても、さすが常夏の国ですね。朝でも暑い……」


「そうですね、我が国とはまったく違います」


「常春だと、気温が心地いい一定を保ってくれているから過ごしやすいですよね」


「そうですね。本来ですとこのように国を離れるのは良くないことですが、神使様と和解もできましたし、神使様を通してあの国に力を注ぎ続けることができるので、便利ですよね」


「……やっぱり国を離れてはいけなかったのでは? 神使様の負担が……」


「大丈夫です。兎の神使様も、寅の神使様も納得の上でこうして出ているのですから。それに、わたし達四神の本来の目的は中の国にきちんと四季を届けること。あなたが思っているよりは、難しいことではないのですから」


「……そうですか」



 言いながら、すでに神使達がいる部屋の前までついた二人はそのまま一度伺い立ててから部屋の中に入室する。未の神使は相変わらず日陰の冷たそうなところに陣取ってべしょーんと伸びている。

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