第61話
朱雀に拘束されたことにより動くことができなくなった珠璃はそのまま朱雀と見つめ合う形になる。
「すぐに逃げようとするのはいいことではない。押し付けになる気もするが、お前も逃げないように踏ん張れ」
「……」
「辛い時や苦しい時に一人になろうとするな。お前はそれを許される立場ではないことを自覚しろ」
「私は、一人でも大丈夫だもの」
「それはお前の主観によるものだろう。客観的に見てみろ。お前を心配しているやつは存在している。その存在を否定するな」
「否定を、しているつもりはないわ……」
「それを行動で示せと言っている。お前の発言と行動は噛み合っていないんだよ」
スッと珠璃の肩から手を離し、朱雀はそのままもう一度体を椅子の上に戻す。珠璃を捕まえるために身を乗り出したのかと今更自覚し、朱雀を見つめる。
珠璃の視線に気づいた朱雀と視線がからまる。水色の瞳に見つめられて、珠璃はどこかい心地が悪くなった。だからこそ、視線を逸らしてしまったのだ。
「……お前、社交的かと思っていたが実は相当な人見知りだろう」
朱雀にそう言われて珠璃は少し考える。そもそも社交的と思われていたことに驚きだが、確かに人見知りはあるかもしれない。
何しろ、珠璃は自分を拾い育ててくれた老夫婦とともに数年生活をし、その後夫婦が亡くなってしまってからは基本的に一人でしか過ごしていなかった。頼れる人もいなかったし、誰かを頼ろうとも思っていなかった。買い物をするために外出はしていたけれど、本当に必要最低限のことしか話はしていなかったような気もする。
そう考えると、もうこれは人見知りで間違い無いのだろうと自分でも納得できた。
「……今まで、あまり人と接してこなかったから。人見知りだと思う」
「お前な……まあいい。ちょっとずつでもいいから直していけよ。これから先、白虎と玄武に会いにいくんだろう?」
「うん……」
「紋章集めなぞ、正気ではないが、お前がやりたいのならやればいいさ」
「…………そう、ね」
「じゃ、俺はもういく。これでも忙しい身なんだ。夕食はここに運ばせるからここで食えばいい。但し、量はちゃんと減らすから全部食えよ」
「……その減らされた量にもよるのだけれど……」
「いいから食えよ。じゃあな」
そう言って、朱雀は部屋を後にした。怒涛のようにきて、怒涛のように帰って行ったなと思いながら、珠璃は一人ポツンと残された部屋で少しだけ考える。
随分、好き勝手言い置いていってくれたなと思う。しかし、彼の言葉は何も間違っていない。そう、間違っていなかったからこそ、どうすればいいのかわからなくなったのだ。的を射た言葉ばかりで、聞いていてとても心地悪かった。どうしてそんなにも切り込んでくるのかと本当は言いたかったけれど、それすらも説き伏せられそうで、反論の言葉が出てこなかったのだ。
逆に言えば、朱雀という人物は、たった数日間一緒にいる時間すらも少なかった相手のことを、それほどまでによく見ているということの裏返しでもある。
ため息が出てきた。
(……私のことを心配している人がいることなんて、ずっと知ってる……)
それを認めていないわけでも、受け入れていないわけでもない。ただ、どうすればいいのか分からなくて逃げ出してしまうのだ。
その優しさを触れることが怖いと、珠璃が感じているがために。
(……優しい人は、私の周りからいなくなっちゃう……)
珠璃を拾い育ててくれた老夫婦のことを思い出す。その死別は仕方がないことも分かっている。老衰だ。人間という生き物が決して抗うことのできない現象、事象。そんなことは分かっていても、理不尽を感じてしまったのだ。
奪わないでと強く願った。たくさん泣いた。そんなにも悲しまないでとおじいちゃんもおばあちゃんも言っていた。こうなってしまうのは仕方のないことなのだからと。
それでも。
(……私は、我が儘なのよ……)
一人置いていかれるのが嫌だった。一人ではない時間をずっとずっと前から知っていたからこそ、尚更。だからこそ、死別という、自然現象にすらも理不尽を感じ、受け入れることができなかった。
どうして優しい人を奪っていくのかと泣き叫んで、一人で暴れた日々を忘れられない。そんなことをしても仕方がないと分かっていても、珠璃はどうしても受け入れたくなかったのだ。
(……私は……)
一人で小さくうずくまって泣いていた【あの時】を思い出す。
そして自覚した。
――【あの時】から、自分は動くことができていないのだと。
◯
何だろうかと疑問がよぎる。珠璃のあの態度。あの言動。行動。全てがどこか無謀に見えて仕方がない。
歩きながら朱雀――夏桜はつい先ほど部屋に残してきた珠璃のことを考えていた。小鳥には少しだけ時間をもらって二人で話していたが、それでも疑問は大きくなるばかりだ。
(……あいつ、もしかして諦めてるんじゃないのか?)
自分のあの状況を仕方がないと。そう、諦めて、己の身になにがあっても無頓着になっているのでは?
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