第60話
◯
与えられている部屋に戻った珠璃は大きくため息をついた。
『珠璃、大丈夫?』
「……私、すごくひどいことをしているよね……」
『珠璃、多分、あの巳の神使もちゃんと珠璃のことをわかってくれていると思うぞ』
「それでも、それに甘えていたらダメなのよ……私は、私の身勝手さを推し進めているんだから、もっと周りを大切にしないと……もっと私ではない誰かのために働かないと……相手を悲しませたくなんてないし、負担をかけたくもないのに……」
『珠璃、それ以上考えないで。全てのことができる人なんていない。珠璃がそれをやらなきゃいけない理由もないよ。そんなことを考えて行動していたら、いつか珠璃が壊れてしまう。お願いだから、珠璃も珠璃自身を大切にして……』
「……小鳥さん……ありがとう……。でも、私は……」
『お腹空いているんだよ! だからこんな暗いことを考えるんだ! 朱雀に言って、ご飯を用意してもらおう! 一緒に食べてもらおう!!』
「……」
『朱雀に頼んでくる!!』
そう言って、優しい小鳥は珠璃から離れて部屋を出ていく。どうやって朱雀を探すんだろうとどうでもいいことを考えながら、珠璃は机に突っ伏した。
分かっている。巳の神使が珠璃を気遣っていたことなんて。珠璃だって疑われていたとは思わない。あの巳の神使は普通に珠璃の首に巻きついていただけで、確かに興奮した時に少し絞められたけれど、それ以外の時はゆるく巻きついているだけだった。首という急所に巻きつかれているにもかかわらず、珠璃はそれに対してなんとも思わなかったし、巳の神使だって無闇に攻撃をしようという気配などまるでなかった。
あれは純粋に、珠璃たちと外に出かけたかったための行動なのだろう。
そう分かっているからこそ、珠璃は自分の発したあの言葉に罪悪感を覚えてしまう。
(こちらを気遣って、接してもらっていたのに、私は……)
その気遣いを無駄にしてしまったのだろう。もう一度、大きなため息が出てくる。
「――随分と辛気くさいことになっているな、珠璃」
「! ……朱雀、あなたでしたか……」
「お前の鳥に喚かれながら呼び出された。で? 何があったんだよ、お前は」
「……あなたに話すようなことでは」
「あのな。その程度のことであの鳥がうるさくするわけがないことはお前だって分かっているんだろう。なのになぜそれを自分の中でため込もうとする。そのせいで周りがお前を心配していることぐらい、お前だって理解できているだろう」
「……」
まさか朱雀にそう諭されるとは思わなかった珠璃は目を見開いて朱雀を見つめる。燃え上がるような赤い髪とは対照的に、静かで落ち着いた水色の瞳。どこか熱血に見えて、ただただ周りを見ずに一直線に自分のしたいことをするように見える朱雀は、しかしそうではないことを自覚させられる。当たり前だろう。彼は、国を統べる頂点に立っている男であり、民からも大層慕われている。
それだけで、彼が国のことを考えていることなど、一目瞭然で。
「……私は、あなたをとても誤解していたかもしれないわ……」
「あー、はいはい。大体はそう言われるから気にするな。どうせバカ一直線とか思ってたんだろ?」
「うん」
「少しは否定しろよな!? ったく……で? お前は何をそんなにもうじうじと悩んでるんだ?」
「よく人を見ているのね」
「これでも国の長だからな。で?」
「すごい。初めてあなたをかっこいいと思たわ」
「そりゃありがたいね。口説くのも楽になりそうだ。で?」
「口説かれても靡かない決意は変わらないから、労力の無駄よ。やめた方がいい」
「そういう女を落とすのが男の生きがいだろ。遠慮せず口説かれてろよ。で?」
「口説かれたい人にそういうのを言ってあげた方が色々と需要があると思うわ」
「もちろん、言ってやるよ。その分言葉の重みというのは変わってくると思うけどな。で?」
「…………しつこいと言われないの?」
「言われるな。だが、話を聞かなければ何も解決できないしな。適当なことを言っても、相手のことを分かったつもりで言葉を発するだけで相手のためには何もならん。適当に言って納得する相手ならそうしてやってもいいが、それ以降の付き合い方は考えるだろうな。本気の言葉をぶつけるに足り得る相手ではないと相手が認識すればそこまでだろうし、それは俺の方から見てもそういうことだろう? 浅く広くを否定するつもりは毛頭ないがそれでもお前相手に適当なことは言いたくない。それだけだ」
朱雀の追及を交わそうとしていたのに諦めなかった彼に対して思わず本音を打ち明けた珠璃に対して、朱雀はさらに本音をぶつけてきた。
朱雀の言葉に珠璃は完全に逃げ道を奪われてしまい、口をつぐんでしまう。
「いいたくないならいいたくないと一言言えばいいだろう。だが、それで解決したと思わないことだ。それをしたことによって、お前は、お前の友であるというあの鳥を悲しませることになるんだからな。それを考えてからもう一度返事をしろ――何をそんなにも悩んでいるんだ、珠璃」
真剣な瞳に魅入られて、珠璃はグッと喉が引き攣る。言葉が出そうになったのを思わずの癖で飲み込んでしまったのだ。それを認めた朱雀はスッと手を伸ばして珠璃が逃げられないようにその肩を掴む。
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