第59話

ぴぃ、と小さく鳴くとそのふわふわの体を珠璃の頬に寄せて擦り寄ってくる。多分心配をさせたんだろうなと言うのがわかったため、珠璃も同じように小鳥さんに頬を擦り付けてその羽毛を堪能する。


 春嘉も珠璃の背後に立ち床に落ちた巳の神使を見つめた。



『……言うておくが、これはわしが自身で決めて勝手に行動したことで、朱雀である夏桜は関係ないからの』


「だと思います。というか、あの人は多分そう言うことしないでしょう。こう、一直線というか、何も考えずに突っ込むところがあるというか」


『何かひどい言いようではあるが、間違ってはおらぬの……そうじゃ。あやつはアホじゃからの。そんな細かいことはできん』


「そうですね」



 ふふっ、と笑いながら珠璃は床にいる蛇の神使のためにその場にしゃがみ込んだ。つるりとした鱗のような表面をそっと触れて、そのまま指を滑らせる。


 その思いのほか優しい指先に巳の神使はどう反応すればいいのかわからなくなり、そのまま黙ってしまう。



「……私は、私のわがままのために行動しているんですよ」



 突如、珠璃がそういう。巳の神使はくいっと頭を上げ珠璃を見た。焦茶色の瞳が見つめてきている。



「私は、どこまで行っても私のわがままでしか行動していないですよ」



 そう言って、珠璃は巳の神使から手を離す。立ち上がり、そのまま歩いていってしまった。





 何かを言いたげに見つめてくる春嘉に巳の神使はそんな遠慮することもないと、伝えれば春嘉はためらいながらも口を開く。



「……珠璃を、疑っておられたのですか?」


『そうじゃの』


「そう、ですか……でも、それだけの理由ではありませんよね……?」


『青龍や。お主もわかっておろう? 紋章を集めるということは、最終的にどんな末路になるのかを』


「……」


『珠璃がそれを知っているようには見えなんだ。あの子も言っておったように、あの子はおそらく、己の欲望のためにしか行動をしておらぬのじゃろう。じゃが、わしはそれから解放してやりたい』



 頭を上下左右にゆらゆらと揺らしながら、巳の神使はそういう。そして、その言葉は春嘉自身も珠璃に言いたいことでもあった。


 紋章集めの先に、何があるのかを知らないと言っていた珠璃。その先にある出来事が珠璃を傷つけるとわかっているのに、それを推奨はしたくない。けれど、珠璃の意思が硬いのも確かであり、それを覆すことができないのも確かだ。珠璃の意思は固い。それだけに、春嘉はそばにいることしかできなくて。


 春嘉の気持ちを汲み取ったのか、巳の神使はゆらゆらと揺らしてきた自分の頭をそのままうなだれさせた。



『お主が覆すことができないのであれば、わしらの言葉を聞くこともなかろうな……』


「……神使様……」


『疑っていたというよりは心配の方が大きい。あの子がお主の国で寅めを助けたという話は既に届いておる。疑う余地もなかろう。同じ神使である存在を助けてくれた人間じゃ』



 それならば、珠璃にもそう伝えればいいのにと思ったのが伝わったのだろう。巳の神使はふるふると頭を振った。



『それを伝えたとしても、あの子はそれを信じてはくれなかったであろうな。警戒心の強い子じゃ。自分が疑われていると信じて疑っておらん。それだけ、あの子は周りを信用していないことの表れとも思うが……なんにせよ、ああ言わねばならなかったということじゃ』



 巳の神使の言葉は、おそらく的を射ていると春嘉も思う。何も信じようとしていない彼女を知っている。一人でなんでも無理をして解決しようとしている彼女を知っている。だからこそ、そばにいて助けたいと思ったし、その強さにも憧れたのも確かで。



『青龍。勘違いだけはしてはならんぞ』


「え……?」


『お主、珠璃のことどう見ておる?』


「え、なッ!? どッ、そ、え!?」


『……そこまで動揺するとは思わなんだ。ああ、お主が珠璃に想いを寄せておることなど一目瞭然じゃから言わんで良い。聴きたいのはそこではないからの』



 じゃあ何を聴きたいのかと少し考え、春嘉は口を開いた。



「……【強い女の子】、ですかね……?」


『そうか……そうか、やはりそういうふうに見えるか……』


「……神使様……?」


『青龍よ。珠璃をきちんと守ってやってくれ』


「それは、どういう……?」



 言われた言葉の意味をしっかりと理解できず、思わず聞き返してしまう。それでも巳の神使はそれ以上は何も言ってくれず、そのままにょろにょろと床を這ってどこかに行ってしまった。


 置いて行かれた春嘉はしばらくどうすればいいのかわからず、その場で立ち尽くしていたが、珠璃を追いかけようとふと思い出し少しだけ慌てて珠璃を追いかけて行ったのだった。

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