第58話

まるっと一人分を残して二人は朝食を食べ終わらせて、残ってしまった分は昼食にでもするからそのままにしておいて欲しいと頼んだが、それはまた別できちんと用意しますと言われたため、下げられたものをそれ以上食い下がることはせず、代わりに昼食は本当にお願いだからと頼み込んで一人分の用意だけにしてもらった。春嘉も出されたもの全てを食べられるほど大食いでもないため、珠璃と半分に分けてちょうどいいのだと口添えをしてくれた効果もあり、その話はなんとかまとまったのだ。


 首に巳の神使を巻き付けながら珠璃は春嘉と一緒に行動を共にする。


 この国に危険があるとは梅雨ほどにも思っていないが、それでも春嘉自身、この国の女性に馬乗りにされた記憶がある分、もしかしたら珠璃も同じ状況になる可能性もあるからということで、行動をともにすることに決めたらしい。


 そんな心配しなくても、こんな見た目子供に手を出したりはしないでしょうと言ったが、朱雀が手を出そうとしたことを引き合いに出されると何もいえなくなり、結局そのまま珠璃は春嘉と行動を共にすることとなったのだ。


 とりあえず、武闘大会までは時間があるからと朱雀に言われているため、街の様子でも見に行こいうということになり珠璃と春嘉は、この国の衣服を借りてそれに着替え、外出をする。外に出る前に春嘉に散々肌の露出が多すぎるということを言われ、挙句結局は春嘉の国の羽織を被せられることになりそうになったのをなんとか必死に回避して外に出ることに成功した。


 賑わう人混みの中に入っていくと、珠璃は少しだけ気持ちが浮上する。楽しそうな掛け声や呼びかけにソワソワとする。お祭りでもやっているのかと思うほどの活気に満ちた街に、珠璃はあちらこちらに視線を巡らせて瞳をキラキラとさせていた。


 まさかそんな珠璃を見ることになるとは思わなかった春嘉は驚いて萌黄色の瞳を軽く見張っていたが、どこか落ち着かない珠璃をみているとなぜか見た目相応に見えてどこか微笑ましく感じる。



「珠璃、行きたいところがあればちゃんとついていくので、遠慮せずに歩いてください」


「えっ、でも、えっと……」



 春嘉が声をかけるとハッとしたように春嘉を見上げ、どこか恥ずかしそうに体を動かした珠璃に、春嘉は衝動的に抱きしめたくなる己を全力の理性で押し留めにこりと爽やかな笑みを浮かべていた。



「我が国に来ていただいた時はそれどころではありませんでしたからね。ここではそれほど危険なこともないと思いますし、遠慮などしなくてもいいのですよ。朱雀より、滞在中の金銭に関する支払いのことなど全て向こうにつけてもいいという言質も書類ももぎ取ってありますから」


「……そ、そんなことしていたんですか? 春嘉さん……」


「もちろんです。珠璃に手を出そうとしたのでそれぐらいはやっていただかないと、ね?」


「……」



 春嘉の怖さを、なんとなく理解した珠璃だった。



『おお、珠璃! あちらの屋台にある卵が食いたい!』


「……神使様、卵好きですね……」


『巳じゃからの。まあそこは気にするな。ほれ、はようはよう!』


「もー……分かりましたらか、軽く首を閉めないでくれません?」


『はっ! すまぬ。興奮いてしもうたわ』


「でしょうね。えーっと……あ、おじさん。そこの卵の串。2本くださいな」


「あいよ!」


「あ、お金はっと……」


「朱雀に請求をお願いします。請求書、書いていただいても?」


「朱雀様に!?」


「ええ。これがその許可証です。大丈夫。ちゃんと本人に許可はとっていますから」


「お、おうよ……えらい待遇だな、お嬢ちゃん……」


「…………私もそう思います。というかこのくらいは自分で払いたかったんですけどね……」


「使えるものは使わねば。さ、他にはなにが見たいんですか?」



 キラッキラの笑顔でそう言った春嘉に、珠璃は自分の要望が通るなどと思ってはいけないのだと再認識させられたのだった。


 それからは基本的に食べ物を買ってたまに小さな装飾品を春嘉が個人的に買ってくれてを繰り返しながら、街の喧騒を楽しむ。


 そうやってブラブラと楽しみながら、珠璃たちはその日を終えたのだった。



「そういえば、昼食を用意してもらうって言っていたのに、結局帰ることがなかったな。申し訳ないことをしたわ……」


『そうしょげるでない。ちゃんとわしから未の神使に伝言を頼んでおいたから何も心配はいらんぞ』


「そんなことしてくれていたんですか? ありがとうございます」


『気にせんでも良い良い』


「――それで? 私はあなたのお眼鏡にかなったのでしょうか?」


『……珠璃、お主気づいておったか……』


「そりゃ気付きますよ。神使様が私の首に巻きついていた時点で。私に関する不安な噂でもありました? 春嘉さんが言っていたように、私のような村娘がという理由かもしれませんけど」



 突然そう話を切り出してきた珠璃に、巳の神使は苦虫を噛み潰したように唸る。


 その様子に、珠璃は小さく笑った。



「小鳥さんも気づいていましたからね?」


『……そやつは珠璃の頭の上に乗ったっきり、何も言っておらなんだと思うが……?』


「蛇さんに食べられたら嫌だったもんね、小鳥さん?」


『蛇怖い』


『食わぬというたであろうが……』


「そこは本能的な部分です。仕方ありませんよ」


『全く、油断も隙もないの、お主らは』



 そう言って、巳の神使はしゅるしゅると珠璃の首から離れていく。ぽとん、と床に落ちた巳の神使を確認した小鳥はそのまま珠璃の頭から肩へと移動した。

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