第57話

こんなにも気持ちが和らいでいる朱雀を見たのは久方ぶりだったからだ。あぐあぐと卵を口に含んでいる巳の神使はそのままにょろりと珠璃のそばに落ち着いて、未の神使も珠璃の足にのしかかったまま動こうとしない。



「ま、お前からのお願いなんて多分ほとんど聞くことができないだろうから、近いうちにここに人をよこして――」


『やだ。珠璃がいい』


「……え」


「そんなことを言われてもなぁ……」


『だめ。珠璃がいい』


「いえ、私もあまりやりたいとは思えないんですけど……」


『だめ、珠璃がやるの』


「これは、私に拒否権は……」


『ない。珠璃がやるのは決定事項』


「……朱雀、あの」


「……あきらめろ。そしてよろしく頼んだ」



 嘘でしょう……、と思わずつぶやいて珠璃は項垂れた。しかし、朱雀からよしと言われた未の神使は上機嫌である。色々と言いたいことはあるような気がするけれど、もう何をいってもしかたがないということもわかっているため、珠璃は黙ってそれに従うことしかできなかったのだった。





 未の神使との約束を取り付けられたことをどうにもいえない心境のまま心に抱えて、珠璃は元いた部屋に戻っていく。頭の上には小鳥がちょこーんと乗っており、心なしか緊張しているようにも感じるのは多分、気のせいではないのだろう。


 どうしようかなと考えながら、春嘉の部屋に赴き、とりあえずことの顛末を伝えた方がいいだろうと判断しいたのだが、部屋の中から出てきた春嘉は珠璃のその状況を見て目を見張り、そして額に手を軽くつきながらため息を吐き出した。



「……我が国でも思っていましたが、珠璃。あなたはなぜそれ程までに神使様に好かれるのですか?」


「……それに関しては、私の方が聞きたいことなのですけどね?」


『ほほっ、まあ気にするでない。神使という存在に好かれて損はなかろうて』



 それは確かにそうだろうと思うが、限度というものがあると思う、と珠璃は考える。


 頭の上に乗っている小鳥は珠璃の首に緩く巻きついている巳の神使が言葉を発した途端に「びっくぅ!」と体を飛び上がらせている。それを目視できる巳の神使も『そこまで怯えんでも……』と心なしかしゅんとした声で呟きうなだれた。


 ここからさらに珠璃は春嘉に先ほどあったことはなさなければいけないためどこか口が重く感じてしまうのも仕方がない。


 しかし、黙っていても仕方がないということもわかっているため、珠璃は春嘉に許可を得てその部屋に足を踏み入れ、今朝あったことを報告したのだった。



「……珠璃……」


「あの、先に言わせてもらいますけど私は別に好きでこうなったわけではありませんからね?」


「それはそうでしょう。というか、滅多なことではその状況にもなりませんけど……我が国でも、兎の神使様があなたを気に入っていましたし、のちに出会った寅の神使様もあなたを気にかけていましたし……」


「そういえば、私があったのはその二柱でしたね。もうあと一柱いますよね?」


「ああ……彼が地上に降りていたらきっともっと大変なことになっていたと思いますよ」


「?」


「もう一柱は龍ですから」


「…………それは青龍であるあなたとは別物ということなんですか?」


「違います。というか、同一視していたんですか、あなたは」


「いや、同じ龍だったら同一視されているのかなって思っただけです」


「違います! 珠璃は本当に中途半端な知識を披露してくれますね……力と存在が大きすぎるので、基本的にはこの地上にいることはほとんどありませんよ」


「そうなんですね……ちょっと会ってみたい気もしましたけど……残念です」


「珠璃……滅多なことを言わないでください。ただでさえ神使様に好かれる体質をお持ちなのに、軽々しくそんなことを言えば、神使様がひょっこりと来るかもしれなじゃないですか。それは大変困ります……」


「確かに。神に使える存在ですもんね……あ、じゃあ数え方ももしかしたら違うのかしら……?」


「ま、厳密には神ではありませんから違うといえば違いますが、それだけ珠璃が神使様たちに敬意を払っているということでいいんじゃないですか?」



 そう言って、春嘉は小さく笑みを浮かべて珠璃に言葉を投げかける。春嘉のその考えを聞いて、珠璃はそういうものでいいのだろうかと思いつつも、まあ春嘉本人がそう言ってくれているからあまり気にしなくてもいいかと思い、そのままコクリと頷くだけ頷いた。



『して? お主らは準備をせんでもええのか?』


「準備?」


『朱雀と勝負するのであろう? あやつをコテンパンにしてくれ』



 珠璃の首に巻きついている巳の神使の言葉に珠璃も春嘉も何もいえなくなる。


 まさか朱雀が守っている国の神使が朱雀をコテンパンにやっつけろというとは思わなかったため、どう反応していいのかわからなくなったのだ。思わず珠璃は助けを求めるように春嘉に視線をやったが、春嘉も困惑しているのはみて明らかであり、これ以上春嘉に甘えてはいけないと悟った珠璃はそっと視線を逸らして結局黙ったまま過ごしたのだった。


 朱雀の采配のおかげで朝食にありつけた二人はそのまま出されたものを黙々と食べていく。当たり前に多い量を一人分として出された朝食に、珠璃は即座に春嘉に声をかけ一人分として出された料理を半分こにしましょうといえば、春嘉もそれに快く頷いてくれた。

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