神が愛した娘〜四神は少女を寵愛する〜

第53話

「先ほども言いましたけど、私は私の願いを口にするために、どうしても紋章が必要なんです。どうしても、その願いを口にするために諦めることができない。だから、あなたが出す条件は全て飲みます」

「珠璃！！」

『ダメって言ってるのに！？』

「お前の周りは大反対らしいが？」

「いいです。私が受けることなので私が決めます。全ての責任も私が負います」

『珠璃ーっ！　なんでそんな自分一人でやろうとするのさっ！？』

　小鳥が興奮してそういうが、珠璃はどこまでも冷静で、もしかすると、冷静を通り越して冷淡と言えるかもしれない雰囲気で小鳥を見つめた。

「私一人の問題だからだよ、小鳥さん」

『……っ』

「紋章を集めているのは、私がどうしても譲れないわがままを叶えるため。私がどうしても言いたいことをいうための布石なの。それがもらえるのなら、私は欲しい。いつまでもここで手をこまねいていても先には進めないわ。なら、伸ばされた手があるのならそれを握るべきだと思うの。たとえその背後に、武器があろうとも、その武器のせいで私が傷つくことになったとしても。私は私のわがままのために、なんでもするわ」

　はっきりと言葉にされたそれに、小鳥も春嘉も何も言えなくなってしまう。『東春国』で彼女が無茶をしたのだって、根本的には彼女が今言ったことがあったからだ。

　自分のわがままと自覚しているくせに、それを譲る気はないとはっきりと言い切る。それほどまでに口にしたいことがあるのかと問い詰めたくなるけれど、珠璃はおそらく、無感情に頷くのだろうということもわかる。

　どれほど安全な道を用意したとしても、珠璃はきっとそれを選んではくれないのだろう。こちらが引いた道の上を歩くことに、珠璃はどこか嫌悪感を覚えている。だからこそ、優しさの詰まった手を差し伸べても握らない。

　何が珠璃をそうさせているのか、全くわからないが、それでもそれが珠璃が譲れないことの一つなのだろうということも理解してしまっているからこそ、小鳥も春嘉もそれ以上何も言えなくなってしまうのだ。

「私のわがままだから、嫌ならあなたたちは私がら離れればいいわ。私も追いかけない。振り返らない。前だけを見て進まなければ、私は私の願いを叶えることができないから」

　強い眼差し。焦茶の瞳にはそれほどまでに強い意志が宿っている。

　しばらく、春嘉達と睨み合いをしていた珠璃がふと視線を外す。そして朱雀に向き直った。

「あなたの出す条件を聞かせてくれますか？」

「……お前、なんでそこまで……いや、お前の願いを叶えるためだということもわかるが、そいつらは純粋にお前を心配しているんだろう？　なぜそれに応えてやらないんだよ？」

「あなたが今言った通りでしょう。私は、私の願いを叶えるためには周りを気にしてはいられない」

「そのせいで孤独に追いやられることもあるかもしれないのにか？」

「ええ」

「助けてくれるための手は重要だぞ。大切なんだぞ」

「そうでしょうね」

「なら、」

「けれど、それを振り払ってもなお、私は私のわがままのために突き進む」

「……………」

　あまりにもはっきりとした言葉は、どこか拒絶も混じっているようにも感じる。これ以上深入りしてくるなという意味なのか、それともまた別の意味があるのか。

　今日出会ったばかりの朱雀にはそこまではわからない。けれど、それだけの覚悟を目の前の少女が持っているということだけは理解できた。

　少しだけ考える素振りを見せてから朱雀は口を開いた。

「年に一度、うちの国では大会が開かれる。その大会に出場して、見事優勝したのなら、お前の願いを叶えてやる」

「大会？」

「ああ。知っての通り、うちは国は弱肉強食の国だ。血気盛んな奴らが沢山いる。そいつらを宥めるという意味でも開催している大会だ」

「……つまりは、」

「想像の通り、武闘大会だ」

「…………なるほど」

　珠璃はそう呟いて少しだけ考える素振りを見せたものの、すぐに朱雀と視線を合わせて頷いた。

「分かりました。あなたのいうその条件、必ず達成してみせます」

「珠璃っ！？」

『何言ってるの！？　認められるわけないじゃん！！』

　珠璃の頷きに対して、春嘉と小鳥が猛反対するなか、それでもその二人の言葉を無視して珠璃は朱雀に向き合う。後ろで何やら二人が言っているなと思っている程度でしかない珠璃は、全く気にすることなく朱雀との話を進めるために口を開いた。

「どうすれば私も参加したという証明を得られますか？」

「今ここでこの紙にお前の名前を書いてくれればそれでいいが……いいのか？　後ろ」

「いいです。さっきも言いましたけど、私は私の責任で全てを決めます。心配してくれるのは本当にありがたいと思うし、そういう人がいてくれることはすごく大切だってわかってもいますけど、でも私は私のわがままを叶えることが最優先事項ですから」

「……ブレないな、お前は……」

「そのためだけに、生きていますから」

「……」

　あまりにも悲しい宣言に、朱雀は言葉をかけることができなくなる。彼女がどのようにして生きてきたかなんてわからないが、それでもそんなふうに言ってしまうほどの生き方をしているのだと目の前で見せつけられているのだ。

　かわいそうに、とおもわなくはない。けれど、そこまでだ。朱雀自身、珠璃の人生に関わっていないし、関わろうとも思わない。自分が特別な立場にいるということを自覚しているのもあるし、まだ朱雀は、珠璃を信用しきれていないのもある。

　どちらにせよ、朱雀の出した、ある意味無茶振りのこの条件を飲むとも思っていなかったため、そこは認めるが、そこまでだ。

　あとは実力が全てものいう大会で勝てばいいだけの話である。だからこそ、朱雀はそれ以上何かを言うことなく、事前に用意していた紙を珠璃に向けて差し出し、珠璃はそれを受け取る。