第51話

春嘉に体を押されて部屋に押し込められた珠璃はむくれていた。そんな珠璃を見て春嘉はくすりと笑う。笑い事じゃないんだけど、と珠璃が言えば、春嘉がさらりと「すみません、あまりにも可愛らしいお顔をされていたので」と普通に言ってきてそのままその場に沈み込みたくなった。



「甘い……言葉が甘いよ……」


「甘やかしてあげたいんです。あなたは」


「ダメになっていくのでやめてください」


「そんな珠璃も見てみたいですね」



 なんとか糖度の高い睦言をやめてもらえないかと思って春嘉に訴えてみるも、倍になって返ってきた言葉に珠璃は諦めた。


 珠璃が諦めたことを悟った春嘉は、それでもにこにこと笑顔を絶やすことなく珠璃を見つめている。


 と、その時ちょうど部屋の扉がなんの合図もなく開き、【朱雀】と料理が運ばれてきた。



「待たせたな」


「待ちました」


「……遠慮というものを……」


「あなたにしても無意味だって分かったので。ご飯ください」


「……………」



 【朱雀】の言葉にすぱん、と言葉を返して珠璃は【朱雀】に食べるものを要求した。



「それよりも、部屋に入る前には合図くらいしたらどうなんですか、【朱雀】」


「育ちがなってなくて悪いな。ま、あきらめろ」


「諦めるとかの問題ではなく、礼儀の問題です。あなたはもう少し礼儀と言うものを身につけてください。いつかなにかしらの報復をされますよ」


「されそうになってもやり返すから大丈夫だな」


「……ですから、そういう問題ではないと」


「いただきます!!」



 春嘉と【朱雀】が言い合っている間に【朱雀】が運ばせた料理が珠璃の目の前に並んでいき、全てが並び終わった瞬間、珠璃は二人には付き合ってられないとばかりに食べるときの挨拶の声をあげて、そのまま料理に舌鼓を打ち始めたのだった。


 そんな珠璃の場違いな声に、言い合っていた二人は脱力し、肩を落とす。



「……お前、本当に自由なやつだな」


「珠璃……」


「だから、お腹すいていたって言ったじゃないですか。あ、お二人はくだらない言い合いを続けていてください。私は食べます」


「そう言われて続けられるはずがないでしょう。わたしも一緒に食べます」


「おいおい、青龍、お前の分の用意は……」


「では、ここまで運んできてください。もしくは、珠璃のものを少しいただきます」


「あ、それは別に構いませんよ。そもそもこれ一人分って言われても無理ですし」


「あ? 普通の量だろ?」


「…………え?」



 【朱雀】の予想外の言葉に、珠璃がポカンと声をあげる。声はあげなかったものの春嘉も同じような表情で【朱雀】を見ている。そんな二人の様子に、【朱雀】も首を傾げる。



「うちの女たちもこのくらいは普通に食べるぞ?」


「この量をですか!? 無理ですよ!? これ、二、三人前ぐらいありますからね!?」


「? 食べてもその分動き回るから問題ないだろう? これでも量は少なめだ」


「…………文化の違い……」



 珠璃の一言に春嘉が思い切り頷いたのを横目で確認しながら、珠璃は春嘉を呼んで隣に座ってもらう。流石に、この量を一人で食べることは不可能だということで、結局は春嘉と一緒にいただくこととなったのだった。


 【朱雀】はこの二人はそんな少量でこれから生きていけるのだろうかと、少しずれたことを考えていたのだった。


 食べ終わってから珠璃は小鳥と戯れていた。指先で小鳥を撫でると気持ちよさそうに目を細める小鳥を見ながら、珠璃もホワッとした気持ちになる。と、そんなのほほんとしながら小鳥と一緒に戯れている珠璃のすぐ横では、相変わらず【朱雀】と春嘉がいがみ合っている。



「ですから、珠璃の全てはわたしが保証します、さっさとよこしなさい」


「お前の言葉だけで渡せるほど簡単なもんじゃねーってお前だってわかっているだろうが、【青龍】」


「あなたのような野蛮な人がこれ以上珠璃のそばにいることが耐えられないだけです」


「ならお前は帰ればいいだろうが。自分の国に」


「珠璃のそばにいると約束しましたからね。それを反故にすることはできません」


「誰との約束だよ……とにかく、お前のいうことを全て鵜呑みにできないことはお前だってわかっているだろう。お前が【四神】である自覚があるのなら、の話だがな」


「……喧嘩売ってます?」


「そう捉えるならそう捉えればいいだろう。その代わり、こっちも全力で行くがな」



 そろそろそのくだらない言い合いをやめればいいのに、と思いながら、珠璃はそれでも小鳥に触れていた。撫でくりまわしているとプルプルと体を震えさせたそれを見てやりすぎたと思いもしたが、くだらない話に耳を貸すこともできなくて再び手が小鳥に伸びていく。ててっと小鳥さんが珠璃に少しだけ近づいてきてくれたのを見てふふ、と声を漏らしながら小鳥を飽きることなく撫で回していると、突然珠璃は二人に詰め寄られた。



「珠璃! 先に違う国へ行きましょう!! 埒が空きません!!」


「おい女! こいつを連れてどっかに行くか、こいつを追い出すかしてくれ!!」


「………その前に、そのくだらない言い合いをどうにかする方が先決だと思いますけどね?」



 そう言い切った珠璃の言葉に、二人が何もいうことができなくなったのはいうまでもない。

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