第50話

とりあえず先にご飯をいただきたいですと言った珠璃のある意味場違いな発言により、先程の艶ごとに発展しそうな雰囲気は霧散した。そのまま朱雀の案内で食事が用意されている部屋に案内してもらう。部屋に近づくにつれてなにやら声が聴こてくる。なんだろうと思っていると、どうやら春嘉がなにやら全力で拒絶しているような声のようだ、と認識する。


 まさかここでも同じことが起こっているのかと思いつつ、それならば入らない方がいいのでは、と思ったのだが朱雀は全く遠慮なく、堂々と扉を開けた。朱雀の後ろをしっかりと歩いていた珠璃は、もちろんその部屋の中を見ることになってしまう。



「……春嘉さん。大丈夫ですか?」


「珠璃!」



 状況が状況。いや、ここで声をかけるのもおかしな話ではあるような気がするんだけれども、と思いながら、珠璃は思わず言葉が出てきてしまったのだ。


 床の上に仰向けになって倒れている春嘉。床に直接体をつけたくないのか、片腕でしっかりと上半身を床から離すようにして支えている。しかし、春嘉のその上には一人の女性。完全に馬乗りの状態で、春嘉の衣の合わせに手をかけて、なんならはだけさせている。日に焼けていない白い肌がのぞいているのをこうみると、ものすごい色気を感じてしいまう。脱がせられないようにと必死に抵抗しているのは、体を支えていない逆の手で上にいる女性を必死に押し返すようにしているその様子を見ればわかる。


 なんと声をかけていいのか、正直分からなくて先程の大丈夫かと言う発言につながったのだ。



「珠璃! 誤解しないでください!! というか朱雀! いい加減にしてください!!」


「それは俺の管轄外だ」


「そういう問題ではないでしょう!? いきなり襲ってくるのがまずおかしいと言っているんです!」


「力社会だからな。欲しいものは力づくで手に入れるのがこの国の方針よ」


「おかしな方針をすぐに撤廃すべきです!! あなたも早く降りなさい!!」



 そう言って、春嘉は無理矢理上にいる女性をどかし、さっと立ち上がって衣服を移動しながら整えつつ珠璃と朱雀の間に割り込む。春嘉の体に押されて珠璃は少しだけ後ろにタタラを踏んで後退し、珠璃の手が緩んだのを自覚したのか小鳥さんがパタタッと羽ばたいて珠璃の頭の上に移動した。


 春嘉が朱雀に対して警戒しているのを感じた珠璃はちょいっと春嘉の衣を引っ張る。


 それに気付いと春嘉が、しかし朱雀から視線を外さずに答えた。



「どうかしましたか? 珠璃」


「あ、いや。お腹空きました」


「……珠璃……あなたは……」



 はぁ、とため息をついた春嘉がくるりと珠璃に振り向いて、そして絶句した。



「?」



 萌黄の瞳を見開いて春嘉は珠璃を見下ろしている。そして、珠璃が何かを言おうとした瞬間、ぐるんっ、と体の向きを変えて朱雀に詰め寄った。



「あなたという人は、あなたという人は!! 節操がないにも程がありませんか!?」


「お前の中の俺がどういう人物像なのかよくわかった」


「日頃の行いでしょう!! 反省しなさい!!」


「……大いなる誤解をされている気がしてきたぞ」


「珠璃、一旦部屋に戻りましょう」


「ふえ?」


「そうだ、これを羽織って……これである程度は隠せますね。戻りましょう」


「え、私お腹すいた……」


「その格好が問題なのでダメです。きちんと服を着てください」


「一応着ているんだけども……」


「それを着ているというんですか? それを着ているとあなたはいうんですか?」


「え、だって……」


「本気でそう思っているのでしたら、今すぐこの場で、あなたを襲いますよ、珠璃?」



 目が本気だ、と珠璃は感じて流石に大人しくなる。珠璃が諦めてくれたことを感じて春嘉は朱雀に背を向けてそのまま部屋を出ていこうとするが、珠璃がくるりと振り向いて春嘉を見上げる。


 そして。



「空腹がすごいので、何か食べられるものとってきてもらってもいいですか?」


「……珠璃」


「いや本当にお腹空いていて……ここまでくる間にもいい匂いがしていたせいで、本当にお腹空きすぎて倒れちゃいたいぐらいです」


「……わかりました」



 そう言って、春嘉がため息をついてくるりと振り向くと、そのまま朱雀に視線を投げて言い放った。



「珠璃の部屋に運んでください、その食事」


「えっ!?」


「……まあ、構わんが……」


「は!?」



 なら最初からそうしてくれればよかったじゃん!? と言葉にしそうになったのを必死に飲み込む。



「ではお願いしますね。はい珠璃、話は終わりました、戻りますよ」


「え、ちょ、私も一言言いたい!!」


「後でお聞きしましょう。ほら、歩いてください」


「ちょ、春嘉さん!!」


「後でお聞きします」


「絶対聞いてくれないやつですよね、それ!?」



 そう言いながら春嘉は珠璃の背中をぐいぐいと押していく。いつの間にか体を反転させられていた珠璃はそのまま春嘉に押されて歩くことしかできず、渋々でも歩くことしかできなくなった珠璃は大人しくそれに従うしかなくなったのだった。

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