第49話
全てが美しいと表現しても過言ではないものを身にまとった珠璃は、自分の姿を今一度見下ろして顔を顰めてしまう。
『……珠璃、顔』
「あ、ごめん」
『せっかく綺麗なもの着ているんだからそんな顔しないで……』
「人には合うものと合わないものが存在してね? この着物に関しては、私では分不相応なんだよ? わかるかな? 小鳥さん」
『似合っているからいいと思う。むしろ珠璃は自分の魅力にもっと自信を持った方がいい』
「どこにでもいる平凡な私によくそんなことが言えるね。小鳥さん……」
そう言いつつ、珠璃は今着ているものを脱ぎ始める。
『着替えちゃうの?』
「ごめん。流石に暑い」
『あ、なるほど』
「そこに、多分、寝巻きに使うようだとは思うけど、服あるから、もうそれに着替えようかなって。でも水浴びはしたいな……。正直汗すごいんだよね。さすが常夏の国ね」
『それはたしかにそう思う。今は部屋の中にいるからあれだけど、太陽の下に行くと、ボクも羽毛全部むしりとりたい気分になるもん』
「…………やらないでね?」
『やらないよ!!』
そんなことを言い合いながら珠璃はようやく衣を脱ぐことができた。装飾が多いから脱ぐのにも一苦労だ。むしろこんなにも装飾が多いと着せるのも大変だったと思うけど、鈴は本当に楽しそうに着せてくれていたなと思い返す。着せるのが好きなのかなとちょっと間違った事を考えながら珠璃は完全に服を脱ぎ去り、そのまま襦袢一枚になる。
寝巻きを手に取った瞬間。
「おーい、飯だぞー」
遠慮なく、扉が開けられたことに流石に珠璃も驚いて固まってしまった。
「なんだ、着替え中だったのか? ……そこそこいい体してるな、お前」
「……なんでもいいんで、早く出てってくれません? 流石に恥ずかしいですし……」
「その割には冷静に見えるが?」
「別に見られて減るものはないですし。けど恥ずかしいのは恥ずかしいんですよ」
「そんなもんか? 大体は、【俺】に寄りかかってくる女の方が多いがな」
「それは【あなた】ではなく【朱雀】という地位にでしょう。……もう満足したのなら一回扉を閉めてください」
「閉めるぐらいならやってやるよ」
そう言って朱雀がバタンと扉を閉める。が、朱雀自身が部屋の中に入ったままの状態でだ。おい、と思ったけれど、珠璃はこれ以上なにを言っても無駄なんだと理解してしまったため、大人しくそのまま着替えを開始する。夜着はそんなにも複雑なものではないためさっさと着替えを済ませて朱雀に向き直った。
「そこ、退いていただけます?」
「……お前な。もう少し恥じらいを」
「恥じらったけれど、あなたが聞き入れてくれなかったんじゃないですか。さっきもいいましたけど、別に見られて減るものではないですし。春嘉さんも似たようなことしてますから。もういいかなっていうか」
「青龍も? あんな純情そうなやつがか?」
「言っておきますけど、春嘉さんはちゃんと顔を真っ赤にして出ていってくれましたからね? あなたと違って、堂々と着替えを見たりはしていません」
「ほぅ?」
そう言って朱雀が目を細める。元々の切長の瞳なだけに、余計に鋭さが増したその視線に、それでも珠璃は堂々と目の前から見つめ返す。朱雀が珠璃に近づき、そのまま珠璃の両手を奪って壁に縫い付ける。この人は一体なにがしたいんだと珠璃は思わず呆れた表情をしてしまった。
そんな珠璃の表情に朱雀は少し驚くもそれを悟られるような真似はせず、そのまま珠璃に顔を近づける。
「抵抗、しないのか?」
「それをすることになんの意味が? 私が本気で暴れたところであなたも全力で押さえにくるだけでしょう。わかりきった結果を招くのに無駄な体力は使いたくありません」
「……つまらん女だな」
「勝手に幻滅すればいいでしょう。ほら、離してください。私お腹空きました」
「…………色気もない女だな、お前……」
「ご期待に添えなくてすみませんね」
そう言った珠璃に、朱雀はため息を一つ出し、体を動かした。顔が近づいてきた、と思った瞬間。
『ケダモノはんたーーーーいっ!!』
そう高い声とともに、ものすごい勢いで珠璃と朱雀の間を走ったその存在に朱雀は声を上げてのけぞる。珠璃も驚いて小さく声をあげたけれど、飛んできたその存在がなんなのかわかったということもあり、朱雀よりも回復が早かった。
「……小鳥さん、大人しくしているんじゃなかったの?」
『無理! もう無理!! 寄るなケダモノ!!』
「小鳥さん落ち着こうね」
『わかった落ち着くって言って落ち着けるならこんなにも憤慨してない!!』
「……まあ、そうだよね……」
そう言いながら今にもその小さな嘴で攻撃しに行こうとしている小鳥さんを捕まえて、珠璃は手の中に閉じ込める。ピーピーと鳴き声をあげている小鳥さんを捕らえながら珠璃はポカンとしている朱雀を見た。
「……ご迷惑をおかけしました」
「……いや、それなに?」
「私の友人です」
「それが?」
「はい」
「…………変わった友人だな」
「そうですね」
そんなよくわからない会話をして、2人はお互いに言葉を発することができなくなったのだった。小鳥さんだけが、珠璃の手の中でひたすらに鳴き声をあげていたのだった。
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