第48話

ついていった先にあったのは、豪華な屋敷。それは春嘉の屋敷と似たような作りで、内装も似たものであった。違うのは風通りが良くなるような作りになっているところぐらいだろう。『朱雀』の後についていくと部屋に案内され、『朱雀』がどかっと上座に位置する椅子に腰掛ける。



「さて。適当に座ってくれて構わないぜ」


「いえ、わたしは結構です。珠璃、座ってください」


「え? いや、でも……」


「あなたの後ろに控えていますから」


「……わかりました」



 そう言われて、珠璃は大人しく用意されていた一つの椅子に座る。そのすぐ後ろに春嘉が張り付くようにして立った。頭の上に乗っていた小鳥さんも一度珠璃の頭から降りて机の上に移動する。それを確認した珠璃が頭の布を外して目の前の朱雀を見つめた。



「へぇ? お前が青龍の女か?」


「……どこからそんな噂が流れてきたのかしいませんが、違います」


「あっそ。で?」


「……私に、朱雀の紋章を……」


「断る」


「まあ、そういうことになるのは予想してましたけど」


「ならわざわざ言う必要もなかったんじゃないのか? 断られるとわかっていたんだろう?」


「わかっていても、私自身の意思を伝えるのは大切なことであるし、頼み事をするのになにも言わずにもらおうだなんて礼儀にかける行いでしょう。そんな礼儀知らずに成り下がる愚か者にはなりたくありませんので」


「はっきり言うねぇ。そういうのは嫌いじゃない。が、それとこれでは話が別だ」


「でしょうね」


「見た目に反してお前は冷静だな、女」


「よく言われます」


「まあいいか。とりあえず、お前らの要求には答えられない。それが全てだ。とっととこの国を出ていけ」


「それができるならしますけど、できないことなのでお断りします」


「なに?」


「私は、私の願いを口にするために、この意味のない紋章集めをしているんです。簡単に引き下がれることだったら、とうの昔にトンズラしてますって」


「……」


「あなたにも事情があり、私にも事情がある。それが、現在の私たちの関係です」



 そう言って、珠璃は朱雀を見つめる。朱雀の方もまた、珠璃を睨むように見つめている。しばらくの無言が続き、それでもどちらも折れることはない。



「……お前の事情など、知ったことでない、と言ったら?」


「それはその通りでしょう、私の事情なんて、ただの私のわがままなんですから。誰かに理解されたいとは思いません。もちろん、あなたにも」


「四神である俺にそこまではっきりとものを言うなんて怖いもの知らずだな。お前は」


「この先、私自身が失うものなんてなにもありませんから」


「?」


「まあとにかく、私の交渉は決裂。ここにいても意味はないということは理解しました。春嘉さん、小鳥さん、出ましょうか」



 そう言って珠璃はガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。それに春嘉が慌てて止めに入った。



「珠璃、ですが今ここでなんとかしていかなければ……」


「無理だってもうわかっているのにいつまでも惨めに縋りつくなんてできませんし。私の印象も悪くなりますから」


「ですが……」


「春嘉さんだって、最初は私にくれなかったじゃないですか」


「!?」


「……あの、別に責めているわけではないですかね? むしろ、お二人のその反応は当たり前のことであって、逆に『わかったはいあげる〜』とかいわれてポンっと渡されたって疑いたくなっちゃいますし」


「珠璃……」


「とにかく、ここにいる理由は無くなりました。私は今日の宿を探します」



 そう言って、珠璃が歩き始めようとした時、後ろで朱雀が思い切り吹き出して笑った。突然なんでと足が止まり、珠璃も春嘉も朱雀を思わず凝視してしまう。


 しばらくゲラゲラと遠慮なく笑っていた朱雀はようやく落ち着きを取り戻しながら涙目になりつつも珠璃に語りかける。



「お前は本当に気持ちのいいやつだなあ。女。いいだろう、特別にこの屋敷に滞在することを許してやる」


「……え、いやいいです」


「なんだ遠慮なんかするな! おい、誰かいるか!」


「え、ちょ、私の話を聞いて!?」


「客人用の部屋を二つ用意しろ。内装? 適当で構わん!」


「全く人の話を聞かないなこの人! ちょっと春嘉さん。同じ四神でしょう!? なんとかしてください!」


「……朱雀は元々脳筋なので無理です。諦めてください」


「言葉に悪意がある! 春嘉さんどうしたんですか!?」


「最初から馬が合わないんですよあいつとは。できれば早く終わらせたかったのが本音なんですがね……」



 だからあんなにも進言していたのか、と思わず思う。珠璃を思っての発言かと思っていたらどうやら半分はそうではなかったらしい。


 なんて面倒な関係性なんだと思いつつも、珠璃はとにかく朱雀の強引な提案を断ろうと朱雀に話かけていたのだが、それらは全て無視されてしまい、全てが無駄に終わった。


 気づけば部屋に案内され、押し込められる。頭の上に小鳥さんを乗せながら珠璃は入れられた部屋の中で呆然としていることしかできなかった。春嘉は春嘉で別部屋に案内されている。流石に男女を同じ部屋にするということはしないらしい。そこらへんの常識があってよかったと心の底から思いながら、珠璃は部屋の中を見渡した。



「……強引でどうすることもできなかったんだけど……」


『……朱雀だから……』


「小鳥さん、なんでずっと黙っていたの。助けてくれてもよかったのに……」


『青龍のところで学んだ。会話をするって知られると、面倒なことになるって』


「……まあ、たしかにそうだね……」



 そう言って、珠璃はため息をつく。頭の上から小鳥さんを一旦退けて、身につけていた外套を脱いだ。外套の下に着ているのは元々珠璃が着ていた村娘のような衣ではなく、【東春国】を出るときに鈴に無理やり着せられた【東春国】の美しい布地を使った衣だ。

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