第46話
立ち上がった珠璃をみて春嘉が当たりをぐるりと見回す。そして目に留めたのは先ほどまで彼らがいた彼の屋敷。
「……ふむ……ちょっと中に入ってくれますか?」
「え、あ、はい?」
なぜ突然? と思ったけれど、もらうためには言葉に従うしかない。珠璃はテクテクと先を歩く春嘉の後に続いていく。そして、特に部屋に入り込むこともなく本当に入ってすぐで立ち止まった春嘉が珠璃へと振り向いた。なんだろうと疑問に思っていると、春嘉がズンズンと近づいてきて、珠璃の手をそっと持ち上げる。
突然のその行動に驚いたけれど、先程のような感情は沸き起こらず、珠璃は春嘉にされるままにおとなしくしている。
と。
「え、ちょっと、ま、しゅ、春嘉さ……っ!?」
珠璃の手を取った春嘉は、左手で珠璃の手を逃さないようにがちりと掴み離さず、逆の右手は珠璃の腕を覆っている袖に手をかけてそのまま持ち上げていく。日に焼けていない白く細い腕がどんどんと露わになっていくのを見て流石の珠璃も焦ってしまう。
時折触れる春嘉の手の暖かさに体を僅かに跳ねさせながら、それでも腕を取り戻そうにもそれができなくて珠璃は顔を真っ赤にして言葉で春嘉を止めようと努力するが、春嘉はそれに聞く耳を持ってくれない。
紳士然としたこの人がまさかこんな行動をするとは思っていなかった珠璃はすでに混乱状態で、思考がグチャグチャに入り乱れてしまっている。
「……どうか、あなたに」
小さく呟かれたその声に疑問を持ちながらも結局なにも抵抗できることもなく、珠璃は春嘉の行動を見ていることしかできなかった。
二の腕が露わになるまで持ち上げられた袖を春嘉はそのまま右手で落ちてこないように固定し、珠璃の手を握っている左手をぐっと引いて珠璃を自分に近づける。
そして、その白く細い腕に、口付けを一つ、落とした。
「――――――――――っ!!」
声にならない叫び声をあげて、珠璃はすでに一杯一杯になった。顔をさらに赤く染め上げて春嘉の行動をただただ見ていることしかできない。
こういう時こそ小鳥さん! と思っていたのだが、その小鳥はというと、兎の神使にしっかりと捕まえられており、珠璃の元へといくことを許されていなかったのだった。
「…………これで、私からの紋章はあなたに……。? どうしたのです?」
「しゅ、んか、さんが……っ!」
「? 何かしましたか?」
「今!!」
「今? 【紋章】をあなたに捧げただけですが……」
「だって、今!! ……え、紋章捧げた?」
「ええ。腕、見てください」
「?」
言われて視線をいまだに春嘉に見えるようにされている二の腕の方へと目を向ければそこには春嘉の紋章、【青龍】の刺青のようなものが浮き上がっていた。手のひらほどの大きさのそれを見て珠璃は驚きに目を見開き、思わず春嘉を再度見上げる。
「これが私があなたに捧げた紋章です。まあ、見てわかる通り、その体に私が浮かび上がるんですが」
「……それは、春嘉さんに口付けをされないといけないことだったんですか?」
「確実に授けるにはこの方法が一番かと」
「……先に言ってくれれば……いや、それだと小鳥さんが断固拒否するか……」
「お察しの通りです。不意打ちでしてしまい、申し訳ありませんでした」
「……いえ、理由がわかったのでいいです。そうですよね、春嘉さんに限って変な下卑た理由はないですよね。……焦ったぁ……」
はぁー、と深く長いため息をついて珠璃は恥ずかしさを紛らわせようとした。
けれど、鈴は誤魔化されなかった。確かに、口付けで紋章を渡すのは知っていたが、それは別にどこでもいいはずだ。それこそ手の甲などでも問題はない。けれど、春嘉が刻み込んだのは珠璃の腕。
その意味することがわからないほど、鈴は無知ではなかった。
(……春嘉様、珠璃様がその位置の意味を知らないってわかっててそこにしたのね……)
確かに、春嘉が珠璃にそういう感情を抱くのもわからないではない。身を張って、それこそ身体中に傷を作りながらも協力をしてくれた少女だ。春嘉がそういう気持ちになるのは必然とも言える。
(……見る人が見れば、あなたが珠璃様に恋慕を抱いてるってわかるのに……むしろそれを見越して周りを牽制したんですか)
独占欲の塊かと言いたくなったけれど、珠璃がそれを自覚していないのならとりあえず黙っておいたほうがいいだろうということで、鈴は口を閉ざしたのだった。
「そうでした。わたしもあなたのこれからの旅に付き合います」
「じゃこれで………え」
「一緒にいきましょうか、珠璃」
「いや、待ってください。あなた青龍ですよね?」
「はい」
「なんでこの土地を離れようとしているんですか。ここにいてちゃんと国を守ってあげてくださいよ」
「それに関しては大丈夫です。代わりを用意しましたし、このことに関してはちゃんと神使様の許可ももぎとりました」
もぎ取ったって……いやいやいや、と思い珠璃は思わず兎の神使を見てしまう。交わった真っ赤な瞳は、どこか狼狽えるように右往左往しているかと思うと、そのままそっと晒されてしまった。神使様っ!! と心の中で叫ぶが、それをしても仕方がないと分かってしまったため珠璃は目の前にいる春嘉に視線を戻す。にっこりと、これ以上ないほどの完璧な笑みを浮かべて見ている春嘉に、珠璃はなす術がなかった。
「あなたの紋章集めが終わるまでの長く短い間ですが、よろしくお願いしますね、珠璃」
「………はい」
そうして、珠璃は小鳥とは別に、青龍という強い旅の仲間を手に入れたのだった。
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