第43話

それが、言葉通りの意味ならば・・・・・・・・・・


 はっとして春嘉はばっと自分の体を見る。同じように無意識に動いた手が、自分の首元から胸へと落ちるようになぞる。


 春嘉のその動きに晟は首を傾げ、鈴も首を傾げる。



(まさか………!)



 そう、寅の神使と話した時、彼も言っていたではないか。



 ――【春の宝珠】の気配を感じられないことの方が普通だと。



 その言葉の意味することがわからず、あの時は激昂してしまったが、もし、その言葉が言葉通りならば。



(そういう、ことか…)



 なるほど。気配を感じられなくなるのは当たり前だ。神使たちが分からなくなると言っていたことにも納得もできる。だからこそ【春の宝珠】の気配がわからなくなると言っていたのだ。


 しかし、わからなくなると言っていたのは【春の宝珠】のみ。


 その気配がわからなくなっても、彼らはとんと困ったような様子ではなかったのは、一緒に過ごしたわずかな時間でもなんとなくわかる。では、なぜ彼らはそんなことを言ったのか。


 それは、言葉通りわからなくても問題がないからだ。



(……この役目は、想像以上の重圧があるんだな……)



 ふとそんなことを考えてしまう。先代が感情的になってはいけない、と言い聞かせてきた理由がよくわかる。確かに、これはそう言い聞かせるしかないのだろう。


 自分を思って、愚かな行動を犯してしまった彼を見る。そう、彼ではいけないと言う理由すらも、そのせいで理解してしまった。



「……晟兄さん……、いや、晟」


「!」


「してはならない事をしたと言う自覚は?」


「………あります」


「そのために、罰を受ける覚悟もあったな?」


「もちろんです」


「……一言、言ってくれれば……いや、言えるはずがないか。わたし自身が、お前に心配をかけさせた本人だからな」


「……春嘉様、」


「けれど、このままにしていては示しがつかない。晟、わかるな?」


「………………はい」


「……では、とりあえず屋敷に帰ろう。……兎の神使様、寅の神使様を呼んでもらうことは可能ですか?」


『? はい。わかりました』


「青龍の屋敷に来てくださいと伝えていただければ。……じゃあ、行こうか」



 そう言った春嘉の表情は、晟が今まで見たことのない、“上に立つものの”表情だった。


 すっと春嘉が珠璃のほうに視線を向ける。今まで兎の神使の方を向いていた萌黄の視線が突然自分に向いたことに少しだけ驚いたのか、こげ茶の瞳がほんの僅か見開かれる。


 そんな事を気にする様子もなく、春嘉は珠璃に近づき、そしてそのままその体を両腕に閉じ込めるようにして抱き締めた。春嘉のその行動に、珠璃は混乱を極める。突然どうして自分を抱きしめているのかの理由がわからず、慌てたように春嘉の腕のかなから逃げようともがくが、なぜかその腕から逃げ出すことができない。


 そっと、春嘉が珠璃の耳元に唇を寄せ、囁いた。



「……珠璃、あなたに心配をかけてしまい、申し訳ありませんでした」


「!?」


「けれど、もう大丈夫です。全て解決しました。あなたのおかげです」


「わ、たしは……」



 結局、なにもしていない。ただ、ここで黙って成り行きを見守っていただけだ。珠璃には、春嘉に頼まれた【春の宝珠】を探し当てることができなかった。それどころか、逆に春嘉の行動に怒ってしまい、事態をさらにややこしくしただけだ。それなのに。



(どうして、私が感謝されているの……?)



 ただの無力な娘。なんの力にもならなかった女。


 そう言われても仕方のないことしかできなかったと、珠璃は自分できちんと認識している。それなのに。



『……珠璃、とりあえず、青龍について行こう?』



 頭の上に乗っている小鳥が、そう珠璃にささやく。春嘉はようやっと珠璃をその腕の中から解放し、珠璃が抱きしめて離さない兎の神使に礼をした後、そっと珠璃の右手を握りしめて、まるで子供を誘うように春嘉が歩き出した。


 どうして。


 どうして私は、こんなにも無力なのだろう。何もできない人間なのだろう。ただ成り行きを見守っていただけで、本当に何も出来なかったのに。


 解決したといえば、何かに囚われていた寅の神使を救ったことくらいで。その程度のこと・・・・・・・しかできなかった。



 自分の中で納得のいかないことがあるのに、珠璃は、ただ春嘉に手を引かれて歩くことしかできなかった。






 しばらく歩いて、珠璃は見覚えのある屋敷の中に連れて行かれる。中に入っていけば、通された部屋の中に寅の神使がそこに人が来ることが分かっていたかのように待ち構えていたのを見つけて、珠璃は無意識に春嘉の手を振り解き、寅の神使に駆け寄った。腕に抱いたままの兎の神使をそのままに、珠璃は勢いのまま寅の神使にぎゅうっとしがみつく。


 珠璃のその行動に驚いたように、寅の神使は黄金の目を驚きに見開き、春嘉を見つめて状況を把握しようと努めているが、それは難しいことであると理解したのか、ふぅ、と息を吐き、そのまま抱きついてきた珠璃には頭を擦り寄せるように一度だけ動き、離す。


 そして、話が始まった。

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