第41話

距離を取って、離れて、珠璃自身が襲い掛からないように。春嘉の腕から兎の神使を受け取って両腕でギュッと抱きしめる。


 むせている晟を見つめ、春嘉はそっと体をかがめた。



「大丈夫か?」


「……なんの、ぐっ、哀れみだ……っ!」


「そうか、そうだな、今のこの状況ではそう思われても仕方がないな。……けど、ひとつだけ、言わせてくれ」



 そう言った春嘉は、手を伸ばし、上半身を起こした晟の肩に手を置きぐっと握り込む。その力の強さに驚き、晟が言葉を失っているのを知りながら春嘉は言った。



「……お前たちには言っていないし、気づかれないように細心の注意を払っていたが……わたしは……は、何度も役目を放棄しようと駆け回っていたんだ……」


「!?」


「何度も言っていただろう? 役目が重荷だって。その言葉には嘘偽りなんて何もない。晟が……晟兄さん・・・・が候補だってことも勿論知っていた。けど……どれだけ訴えても、どれだけ逃げまわっても、どれだけ自分よりも適任がいると言っても、聞き届けてもらえなかった……」


「……」


「次期青龍になるのには、【神使】の承認が必要だったんだ。そして、僕は僕の知らないうちにその承認を完了させられていた。……だからどれほど逃げまわっても逃げ切ることができなかったんだ」


「……【神使】の承認がいるなんて話、俺は聞いたことが……」


「無くても当たり前だよ。僕だって、先代青龍からそうやって聞いたのは、その承認が完了してしまった後なんだから」



 春嘉の言葉に、晟は驚きを隠せない。限界まで目を見開いて春嘉を見つめている。萌黄色の瞳を翳らせ、困ったように小さく微笑む春嘉に、その言葉が嘘ではないと理解させられる。


 なぜ、と言う言葉が喉の奥でつっかかってそれ以上何もいえなくなってしまう。



『……ボク達神使は、【春嘉】という人間を【青龍】として認めました。認めたにも関わらず、ボク達は彼の【青龍】継承の儀に参加しなかった――いえ、参加できなかったんです』



 珠璃の腕の中から兎の神使が声を上げる。距離をとり、震える体をなんとか抑え込んでいる彼女の心境を考えながら、兎はそれでも伝えなければならないと思うことを言葉にしていく。



『一度承認すれば、彼が【青龍】という役割・・から逃れることはできません。……それほど、【四神】というのは重要な役割なのです。そう易々と覆すことができるのなら、ボク達の存在は意味をなさない』


「……それでも……、それでも、俺は……っ!」



 苦しそうに呟く晟に、兎の神使ははっきりと言葉にした。



『あなたが選ばれなかったのは、耐えられないと判断されたからです』


「な……っ!?」


『だからこそ、ボク達はあなたを選ばなかった。だからこそボク達は、春嘉という人間を選んだのですよ』


「春嘉に耐えられるとなぜわかる!? 俺だってやれるかもしれないだろう!! こんなっ、他人がいなければ生きていけないようなやつがなぜっ!!」



 頭に血が上っているため、先ほどから暴言ととられてもおかしくないことを口走っている晟に、それでも春嘉はただ黙って聞いている。そんな澄ましたような様子の春嘉に、晟はさらに怒りが募ったのか、自分の体をそれとなく支えてくれていた春嘉の腕を弾き、強く睨みつけた。


 それでも、春嘉は悲しそうな表情をするだけだ。自分が春嘉に憐れまれてるという事実に、苛立ちが募るばかりの晟は気づかない。彼が先ほどから発しているその言葉が、どれほど春嘉のことを傷つけているのかなど、今の彼には全く関係ないのだ。


 そんな様子を離れたところから見ている珠璃はそれでも言葉を我慢して飲み込み、ずっとその光景を見つめている。



『あなたでは無理ですよ。ボク達は春嘉と言う人間だからこそ任せられると判断したのです』


「だから! 何故春嘉にできて俺にできないと言い切れるんだ!? 納得のいく答えを聞かせてくれっ!!」


『どれほど言葉を重ねてもあなたは納得しないでしょう。伝えるだけ無駄だと判断しています。それよりも、誰に対してそのようなことを言っているのかを理解してください』


「……っ! たしかに、失礼な態度をしたと言う自覚はある。だが、そうなったのは納得がいかないからだ! ちゃんと説明さえしてくれれば、俺だって……!!」


『説明ならば一言で申し上げたでしょう。――“お前”はその器ではないと』


「っ!!」



 突然崩れた兎の神使の言葉に、晟が息を飲む。


『わからないか? 先ほどからこちらは譲歩してやっているんだ。お前のその態度に。それ以上、ふざけた真似をするようならば、今すぐにこの世から抹消してやろう』



 真紅の瞳を怪しく光らせ、兎の神使らしからぬ言葉を紡ぎ出す。その覇気は、彼が言葉を実行すことが可能だと言うことを物語っている。体を震えさせて固まることしかできなくなった晟を、それでも兎の神使は視線を緩めることをしない。



「……神使様、大丈夫ですよ、僕は」


『……青龍=春嘉。ボク達はあなたにしてあげられることをしたいだけなのです。最初に誠意を見せられなかった、それが、どれほどあなたを追い詰めていたのかを目の当たりにしました。あなたのその悔しいと感じさせてしまった思いに、ボク達は報いたいのです』


「それは僕に対してのみむけてください。他人に対しての牽制などは不要です。……大切な、人です」


『青龍……優しすぎますよ……』


「それしか取り柄が無いのです。僕は。先代にも優しくあれと言われています。感情の起伏は、いけないと教えられてきました」


『……そうですね。あなたは、そう言う人だからこそボク達も選んだんですから……』

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