第40話
混乱する頭で、目の前で起きていることをなんとか処理しようとするも、やはり現実を受け入れることができないでいる二人を無視し、珠璃は自分が押さえつけている男を見下ろした。彼女の手には晟が握っていたはずの刀まで握られており、それを晟の首に突きつけている。少しでも動けば傷ついてしまうだろうと言うのはもちろん理解できる。
珠璃は晟に向かって言葉を放つ。
「どうしてあなたは青龍を裏切るようなことをしたのでしょう?」
「……っ、お前に、何がわかる……っ!!」
「まあ、おかしなことを言うのですね。私はわからないから聞いているのです。あなたは青龍である彼に信頼される人物だった。それなのに何故これほどの愚行をしたのかを聞いているだけですけど?」
「……」
「そもそも、聞いた状況で何故あなたが疑われなかったかの方が私は正直疑問で仕方がないけれど……あなたがそれほどまでに青龍に信頼を得るほどの行動をしていたと言うのなら、それを裏切る行為にもあなたにとっての理由がきちんと存在するのでしょう? それが聞きたいわ」
「…………お前に話しても、わからないだろうな」
「わかる訳ないじゃない。だって、理解したくないんだもの」
「な……っ!!」
「自分に心から信頼してくれている相手がいることが、どれほどありがたいことなのか理解できない人の言葉なんて、理解したくもないわ。私が聞いているのは、青龍である春嘉さんや、あなたの妹である鈴さんに、どんな言い訳をするのかと言う意味で聞いているの」
珠璃の言葉に、少し離れたところで固まってしまっていた二人がハッとしたように体を動かした。思わず、晟を見つめるが晟は自分を押さえつけている彼女を気にしているだけだ。
その首元に刀を突きつけられていてもなお。彼は珠璃にだけしか意識を向けていない。
「……晟……」
小さな呟きは空気に溶けてしまう。
「兄様……」
言葉が、声が、届かないと言うのはこんなにも虚しいのかと実感してしまう。
「……相手の信頼を裏切ることが、そんなにも楽しいの?」
ポツリと、珠璃が声をこぼす。それは本当に小さな声のはずだったのに、距離が多少空いている春嘉や鈴にまで届く。
「その信頼を得るために、努力をしたのではないの? 相手を知って、相手に知ってもらって、そうして信頼関係って築かれていくものでしょう? それなのに、如何してそれを無駄にしてしまうの? その信頼を築くのに、あなたは苦労したはずなのに……如何して……っ!?」
悔しい。そんな感情が、珠璃から溢れてくる。彼女にして見れば全く関係のないことのはずなのに、如何して、どうしてと何度も繰り返し呟いている。納得がいかない、全身でそう語っている彼女の様子に、春嘉も鈴も驚きを隠せなでいる。手を伸ばして、彼女を抱きしめなければと言うよく分からない使命感すらも抱いてしまうほどに、その姿は危うい。
「――如何して、だと? そんなものは決まっている。俺は! 春嘉を青龍と認めるわけにはいかないからに決まっているだろう!!」
「!?」
「兄様っ!? 何を……!?」
「好きにすればいい、ああ、どうとでもすればいいさ! だが、俺は後悔なんてしない。春嘉、お前は常に俺に言っていた。自分では青龍は重荷だと。それならば何故、その地位をすぐに捨てなかった!? 知っていたはずだ、お前の他にも、青龍になりうる候補がいることを!!」
「!!」
「その地位にしがみついているお前のそばに、青龍になりうる人間がいたことを知っていながら、お前は如何して俺に残酷なことをした? し続けた? お前の話を常に聞かされる俺が、どんな気持ちだったのか考えることすらもなく、お前がお前自身を卑下するたびに、他の候補を見下し、蔑んでいると何故わからない!?」
「ちが……っ、わたしは……!」
「惨めな俺を嘲笑っていたか? 陰で、選ばれなかったものとして俺を!」
違うと声を出したかったのに、晟のその気迫に押されて何も言えなくなる。鈴は口元を押さえてその両目から涙をボロボロと流している。
晟を押さえつけている珠璃は、一気に自分が冷めた感覚を味わう。
そんな、そんな
手に力が入る。全身を使って相手の体に自分の体を沈ませるために体重をかけていく。苦しそうに呻く声など気にしない。気にすることなんてできない。
そんな珠璃に気付いた春嘉がハッとして慌てて駆け寄る。
「珠璃! それ以上は……!」
ぐっと体を引けば、感情の乗らない表情で珠璃は晟をただ見つめている。泣いているのかと思った春嘉は、その反応に自分がどうすればいいのかわからなくなり、思わず珠璃を引っ張ったその格好のまま止まってしまう。
『――珠璃さん』
「っ!!」
春嘉の腕の中にいた兎の神使が珠璃に声をかける。その声に反応して珠璃の体が跳ねる。そっと視線を兎の神使に向ける。
『珠璃さん、大丈夫ですよ』
「……」
兎の神使の言葉に一瞬、顔をくしゃりと歪めた珠璃はそのままそっと晟から離れる。奪った武器を手に握りしめ、震えさせている。
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