第38話
絡みあってしまった糸がさらに絡み合い、ときほぐすことが不可能なように、今の神使たちと春嘉の関係はまさにそのような状況なのだ。
春嘉の拒絶は強く、そしてそんな春嘉に一歩踏み込むことの出来ない神使たち。
お互いに身動きが取れなくなってしまったのだ。それを改善する方法も思いつかなければ、修復しようとする努力すらできない。
「……もう、いいですか」
そう言ったのは春嘉で、寅はハッとする。俯いたまま寅を見ようともしない春嘉を目にして、それでも寅は何かを言うことができない。
春嘉の言葉に短く肯定すれば、春嘉はさっと身を翻して歩き去ってしまう。宿からそう離れた場所ではないにしてもやはり一緒に帰れば良かったかもしれないと思い、そういえば珠璃達を待たせていたんだったなと思い出す。とぼとぼと、春嘉との距離を意識しながら、寅も珠璃達の元へともどった。
「あ、春嘉様達が帰って…… ――うわぁ……なんかあった感が半端ない……」
そう言ったのは、後から合流してくれた鈴だ。一緒に晟もきてくれていたが、小鳥の警戒心がすごいのと、何故か兎の神使も珠璃の下衣にわしっとしがみついて離れなかったため、晟も珠璃のそばに来るのを諦めたようだった。
そんな二匹に首を傾げながらも珠璃は戻ってきた春嘉を見つめる。難しい表情をしているのを見て、珠璃も少しだけ考え、そして下衣をしっかりと掴んでいる兎の神使を掬い上げるように腕に抱き、春嘉のそばへと駆け寄っていく。
そんな人の気配に気づいたのか、俯きがちに歩いていた春嘉が顔をパッと上げ、駆け寄ってくる珠璃を認めて少しだけ表情を緩める。腕に抱きしめている兎の神使に少し気まずそうにはしたものの、それでも珠璃の姿のおかげか安心しているようにも見えた。
「兎の神使様。少し乱暴をしますからね?」
『へ?』
ボソリと小さな声でそう声をかけてきた珠璃に、兎の神使がぽかんとしながら珠璃をヒョイと見上げて、そして視界が変わったことに気づく。
珠璃のその行動を一部始終見ていた春嘉は、その萌黄の瞳を丸く見開いて言葉を失っている。その中でも珠璃は行動を止めることなく、腕に抱きしめていた兎の神使をそのまま手で持ち上げ、春嘉に向かって声を上げた。
「春嘉さん、いきますよ!!」
「いくってなんですか!? と言うか、何をやろうとして……っ!!」
「せーのっっ!!」
「珠璃!?」
掛け声をかけ、珠璃はその両手で掴んでいる存在を思い切り振りかぶって、自分の視線の先にいる春嘉に向かって思い切りぶん投げた。
『えぇえええぇぇっ!?』
「珠璃ーっ!? 何をしているんですかっ!?」
そう言いながらも投げられた兎の神使を難なく受け止めた春嘉は、さすがの珠璃のその行動に声をあげる。真っ赤な目に涙を溜めて、兎の神使は春嘉の腕の中でブルブルと震えていた。
「珠璃! なんてことを……!!」
「でも、私が投げた兎の神使様、ちゃんと受け止めてくれたじゃないですか」
「当たり前のことを言わないでください!!」
「如何して? だって、あなたは神使様と仲を深めたくない、むしろ自分に干渉して欲しくないのでしょう? なら、無視すればよかったのでは? ちゃんと投げる前に断りはいれましたし、あのくらいなら自分で受け身を取ることだってできたはずだもの」
「珠璃、あなたは何を言って……そもそも、神使様にあのようなことをしたあなたの方が信じられませんよ……」
「……春嘉さん、ちゃんと、寅の神使様とはお話ししてきましたか?」
「……今の話の流れとは全く関係ないことだと思いますが?」
「私、言いましたよね? 不満があるのなら、ある程度相手にぶつけた方がいいと。ちゃんとぶつけてきましたか?」
「……あなたには、一切関係のないことでは? そもそも、あなたの目的は私から紋章を受け取ることだけなのでしょう。もう、さしあげます。なので、これ以上の介入は……」
「そうやって、あなたは私からも逃げて。どうするんですか?」
「何……?」
鋭くなった珠璃の言葉に、春嘉がぴくりと反応する。それは、不快と疑問がないまぜになったような態度だった。
「私をここまで巻き込んで、それなのに要らなくなったら切り捨てるんですか。さぞ尊いご意志でしょうね」
「……口を謹みなさい。あなたは目の前にいる私を青龍と知ってそのように申し上げているのですか?」
「ええもちろん。罰したいのなら罰せばいいじゃないですか。逃げも隠れもしません。私は」
「……」
「でも……あなたは優しすぎる人だから、きっとできないと思います」
そう言った珠璃の声は、優しさに満ちていた。ハッとしたように視線を珠璃に固定させれば、どこか泣きそうな表情をで自分を見ている珠璃と視線が絡まり合う。
「……優しさは邪魔かもしれないです。だって、判断を鈍らせることもあるから。適切な判断ができないのはきっと、困ることだと思うから。……でも、忘れないでください。あなたのその優しさに、救われている存在もいるのだと」
「珠璃……?」
「たとえあなた自身がその性格を嫌悪していたとしても、捨てては欲しくないです。それはきっと、とても大切なものだから」
そう言って、珠璃は春嘉の腕の中で大人しくしている存在をみた。
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