第37話



『……さて、どうしたものか……』



 そう呟いたのは、珠璃のすぐそばに来ていた寅の神使だ。自分をあの苦しみから救ってくれたと言うことがあるからなのか、珠璃に対しての警戒心が他の人間に比べて薄いような気もする。そう思いながら、珠璃は変わらず目深にかぶれる外套を身につけ頭の上に小鳥を乗せたまま一緒に思案する。



『ボクたちも、宝珠の気配が掴みあぐねているのでどうやって探せば良いのか……わかりませんね……』



 そう言ったのは、珠璃の足元にちょこんといる兎の神使だ。こちらはすでに珠璃に懐いているため警戒心など全くない。鼻をひくひくと動かしながら辺りを見回している。


 どうしてこの二匹が自分のすぐそばにいるんだろうと感じながらも、一番の疑問は別だ。



「珠璃、こちらに来てください。わたしから離れないで」



 そう言って珠璃の手を握って引き寄せたのは他でもない青龍である春嘉だ。何故だか神使達に対抗心を抱いているのか、やたらと珠璃を自分のそばに置こうとしている。まるでお気に入りのおもちゃをとられまいとしている子供のようだなと感じながら、珠璃はとりあえず抵抗をすることなく春嘉にされるがままになっている。しかし、珠璃が春嘉のそばに引き寄せられたからといって神使達との距離が変わるかと言われると、実際にはそうでもない。離れてしまった分をそのまま埋めるため、お互いに距離感はほぼゼロ状態だ。


 何しているんだろうと思いながら、頭の上にいるはずの小鳥は振り回されて大丈夫かなと少し現実逃避しながら珠璃はどうしたものかと少し遠い目をする。


 何故こうもガチガチに自分の周りを囲っているのかと正直物申したいけれど、今そんなことを言っても仕方がないかとわかっているため、黙ったままではあるが、さてどうしたものかと珠璃も考える。


 【春の宝珠】はいまだに行方がわからず、頼みの綱でもある春嘉と神使達もよくわからないと言っている始末。


 この状況で探そうとする方が無謀なのではないだろうかと珠璃が考えてしまのも無理はないだろう。



『珠璃……、珠璃……? ?』


「なんですか、聞こえてますよ?」


『……いや、なんでもない。それよりも、少しだけ青龍を貸してくれないか?』


「? それは私に許可をとるのではなく本人に聞けばいいじゃないですか。……現にこうして声が聞こえるほど近くにいるのですから」


『いろいろあるんだ。いいから、教えてくれて』


「……別に私は構いませんよ。そもそも、その決定権を私が持っていること自体がおかしな話なのですけどね?」


『よし、では青龍』


「!」


『少し場所を変えよう。乗ってくれ』


「…………はい?」



 珠璃を挟んでそう言った寅の神使は珠璃に許可を得てからすぐに、春嘉にそう言葉をかける。話が勝手に進んでいくなとぼんやりと聞きつつ、珠璃の手を握ったまま立っていると、突然、寅の神使にそう言われ春嘉は自分が何を言われたのか一瞬理解できなかった。



(乗れ、乗れといったのか?)



 言われたことを自分の中で反芻したけれどいまいち飲み込めない。モダモダとそんなことをしていると、のしっと近づいてきた寅が春嘉を頭で救い上げるように上にポイッと投げる。それに驚いたが驚きすぎて声が出なかった春嘉はそのまま待ち構えていた寅の背中に乗せられ、寅は一度頷いて珠璃に声をかけた。



『では、しばらく借りるからな』



 そう言って、今度は珠璃の言葉を聞くことなく、風のように寅が去っていく。その後ろ姿を見ているしかできなかったその場にいた人たちはぽかんとしたままだった。



「……行っちゃったわね……」


『うん……』


『まあ、寅は恥ずかしがり屋な面もありますから、あのような行動になってしまっただけだと思います』



 それにしては強引に連れて行ったような気がするのだけれど……と思いつつ、まあ危害を加えるようなことはしないと兎の神使が言っているのだからいいかと珠璃は春嘉のことを完全に寅の神使に任せることにしたのだった。







「……それで、なんの話があると?」


『……青龍、いや……春嘉』


「……っ!!」


『お前の誤解を解きたいのは山々だが、先にこちらの考えを述べよう。これは俺と兎と意見が一致した考えだ』


「……なんです?」


『【春の宝珠】、お前、すでに持ってるのではないか?』


「……は?」


『これほどまでに【春の宝珠】の気配が感じられないのは、この国から外に持ち出されたとしか考えられないが、それならばそれで、外からその気配が微かに漂って来るはずだ。だがそのような気配か全く感じない。それどころかまだ国内のどこかにあるように感じられて仕方がない』


「それで何故、わたしが持っていると言う結論になるのですか? まさか、わたしが神使様方を謀っているとでも!?」


『そうは言っていないだろう。落ち着け。そもそも、【春の宝珠】の気配をこれほどまでに感じられないことの方が普通・・だ』



 寅の神使の言葉に春嘉は戸惑いが大きくなる。自分に向かって何を言っているのかと言う疑問と怒りが湧き上がる。


 春嘉は【春の宝珠】がなくなってしまったからこうして探し回っているのだ。それを見つけ出そうと手を尽くした結果が目の前の神使を助けることだった。それなのに、この神使はあっさりと春嘉の希望を打ち砕いた。


 それなのに。



「……それでは、やはりあなたは……あなた方はわたしが謀っていると思っているのでは?」


『そうではない。聞け』


「それはそうですよね。だって、わたしはあなた方に認められていない・・・・・・・・偽りの【青龍】ですから」


『……大きな誤解があるようだが、それは――』


「……あなた方がわたしを見限っていることは理解しています。こうして、わたしと話をして下さっているのも珠璃が取り持ってくれたからでしょう。彼女の願いを無碍にすることはできなかった。今のこの状況はその結果でしかない」



 春嘉からの強い拒絶に、寅は何も言えなくなってしまう。何も言わなかったら言わなかったで彼をさらに追い詰めてしまうだろうことも理解していたけれど、現状どうすることもできない。

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